『望めど、欲せず――ビジネスパーソンの心得帖』(10) 文・小倉広(経営コンサルタント)
恐れるべき唯一のものは「恐れ」そのものである
1933年3月。第32代米国大統領フランクリン・ルーズベルトは大統領就任演説で次のように述べました。
「我々が恐れるべき唯一のものは『恐れ』そのものである」
時はまさに世界恐慌の真っただ中。大統領は、恐慌を克服すべく、国民に勇気を持って前進するよう求めたのです。彼は続けます。
「名状しがたく理不尽で不当な恐怖は、撤退を前進へと転換させるために必要な努力を麻痺(まひ)させてしまう」と。
これは、私たちの日常にも当てはまります。
「失敗して恥をかき、立ち直れなくなるかもしれない……」
私たちは、これまでとは違う一歩を踏み出す時、言い知れぬ恐怖を感じます。例えば、難しいプロジェクトに立ち向かう時。転職する時。転勤する時。昇進昇格、人事異動する時……。私たちは自分で生み出した恐怖により、自らの足を止めてしまうのです。
では、どのように考えれば良いのでしょうか。私は、自らにこう言い聞かせるようにしています。
「恐ろしいのは事実そのものではない。私が自分で生み出した幻影を恐れているのだ。幻は幻でしかなく、消すことはできる」と。
私はこれまで43冊の著作を出版してきました。しかし、いまだに新作を書くことに「恐れ」を感じるのです。
「売れなかったらどうしよう……」「評価の低い書評を書かれたらどうしよう……」
そして「恐れ」に注目すると、恐れがどんどん膨らんでいき、意欲がなえていくのです。そんな時、私は先の言葉を言い聞かせます。
「恐ろしいのは事実ではなく幻だ。消すことはできる」と。
そして、執筆することによるマイナスな要素ではなくプラスの要素に注目を移します。
「読者から感謝の手紙を頂いたこともあったではないか」「評価の高い書評もたくさんあったではないか」
そして、このように結論づけるのです。マイナスもあればプラスもある。差し引きが、わずかでもプラスであれば、やってみようじゃないか、と。
恐れに注目するか、貢献の可能性やチャンスに注目するか。それを決めるのは私たちです。まずは、恐れに注目することをやめること。そして、プラス面に注目すること。これにより、恐れを克服することが可能だと私は考えています。
アドラー心理学では、「注目すると、それが増える」と考えます。恐れに注目すれば恐れが大きくなる。可能性やチャンスに注目すると可能性やチャンスが大きくなる。そして、それを選ぶのは私たち自身なのです。
私は、もう一度筆を執ることにしました。「きっとできる」。自分自身にそう言い聞かせて今日も机に向かうのです。
プロフィル
おぐら・ひろし 小倉広事務所代表取締役。経営コンサルタント、アドラー派の心理カウンセラーであり、現在、一般社団法人「人間塾」塾長も務める。青山学院大学卒業後、リクルートに入社し、その後、ソースネクスト常務などを経て現職。コンサルタントとしての長年の経験を基に、「コンセンサスビルディング」の技術を確立した。また、悩み深きビジネスパーソンを支えるメッセージをさまざまなメディアを通じて発信し続けている。『33歳からのルール』(明日香出版社)、『比べない生き方』(KKベストセラーズ)など多くの著書があり、近著に『アルフレッド・アドラー 一瞬で自分が変わる 100の言葉』(ダイヤモンド社)。