現代を見つめて(19) それぞれの個性を認め合う社会に 文・石井光太(作家)

それぞれの個性を認め合う社会に

私は仕事が大好きだ。ほとんど三百六十五日、仕事に向き合っている。そのため、家事や育児の一切は専業主婦である妻に任せっぱなしだ。

ところが、今の時代は少々異なる。共働き夫婦の割合は年々上昇していて、現在は六割以上。ここ十五年でそれは五%ほど増え、専業主婦は同じくらい減っている。「イクメン」「夫の育休」といった言葉がメディアに取り上げられ、共働きと家事や育児の分担が主流になりつつある。

一時代前はそうではなかった。女性は専業主婦となって子供と長い時間を過ごすことが理想的だとされてきた。「寿退社」という言葉が使われ、親が働いている子供は「鍵っ子」と呼ばれて哀れまれることもあった。

どちらが良いのか悪いのか。私の意見はこうだ。

「家庭によって良し悪しはそれぞれだ」

親には個々の特性がある。社会で活躍するのが得意な女性もいれば、家事や育児に生きがいを見いだす女性もいる。男性も同じだし、子供だって働く親の背中を見て立派に成長する子もいれば、反対にそれを寂しいと受け取って非行に走る子もいる。また、養育環境(祖父母との同居、会社の理解、給料など)も家庭でまったくちがう。

一概にどちらが良いか悪いかなどと言えるわけがないのだ。

私が危惧するのは、それぞれの個性を無視して、「寿退社」や「イクメン」といった一つの価値観だけが社会を覆うことだ。かつて「寿退社」が当たり前だった時に女性の社会進出が抑圧されたように、「イクメン」に価値観が偏れば専業主婦になることを望む女性が息苦しさを感じる社会となってしまう。

人が千差万別である以上、一つの生き方が万人に通じるわけがない。社会を少しでも居心地のいいものにしたければ、安易な造語を広めて価値観を偏重させるのではなく、個性を認めていくべきなのだ。

夫婦も、家族のあり方を時代の流行に無理やり当てはめるべきではない。自らの特性を見つめ、それに合った生き方をすることが大切だ。それが幸せを手に入れる一番の近道ではないだろうか。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『アジアにこぼれた涙』(文春文庫)、『祈りの現場』(サンガ)、『「鬼畜」の家』(新潮社)など著書多数。近著に『世界の産声に耳を澄ます』(朝日新聞出版)、『世界で一番のクリスマス』(文藝春秋)がある。

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