創刊70周年記念寄稿ーー教えと時代のあいだで

昭和31年に創刊された「佼成新聞」は、立正佼成会の機関紙として布教活動の一翼を担い、会員の手から手へと届けられながら、広く親しまれてきた。一方で、社会とつながり、時代とともに歩みを重ねてきた宗教メディアとしての歴史を持つ。3人の識者に、それぞれの視点から佼成新聞の役割などについて語って頂いた。
自由に、普く人へ――
作家 石井光太

現代メディアの深刻な問題は、ネットの「アテンション・エコノミー」に支配されつつある点だ。簡単に言えば、バズらせて広告費を稼ぐビジネスに縛られつつあるのだ。
本紙の優位性は、そうしたビジネスから自由であることだろう。立正佼成会に関する情報だけでなく、そこを超越して普く一般の人にまで読者層を広げ、その心に染み入る記事を作ることを優先している。
私は紙とデジタルにおいて長きにわたって連載を持たせて頂いている。一貫して目指してきたのは、記事によって読者が世界に対する認識を変え、人生の意味を多様な角度から考え、世の中は生きるに値すると実感してもらうことだ。
本紙のおかげで、私個人にも豊かな出会いがたくさん生まれた。
たとえば、デジタルの記事に難病の子どもの支援をするNPO法人の活動を紹介したところ、読者から直(じか)に私のところに連絡があり、寄付をしたいと申し出があった。その方は希望通り寄付をされた。その後、別のメディアからこの件についてのインタビューを受け、さらにそこから別の人たちが寄付したいと手を挙げた。一つの記事から多方向へと善意がバトンのように広がっていったのだ。
現在は世界中でメディアがIT企業に買収されたり、政治家の都合の良いように利用されたりする時代だ。
本来メディアが目指すべきは、政治や経済から解き放たれ、世の中の出来事を発信することで、最終的に社会を豊かにすることだ。多くのメディアがその存在意義を失いつつある中で、本紙が頑(かたく)なに守る姿勢はより貴重になっていくはずだ。
「睦和」の心を大切に
國學院大學神道文化学部教授 藤本頼生

令和3(2021)年3月~令和5(2023)年3月まで「共生へ――現代に伝える神道のこころ」の連載を担当致しました。改めて連載を見直しながら、自身に課せられた紙面での役割を十分に果たせたのだろうかと自省の機会を持つに至りました。
さて、近世前期に伊勢神道を再興した伊勢神宮(豊受大神宮)の権禰宜(ごんねぎ)、出口延佳は「神道とは何か」と問われた際に「なにとなくただありがたき心こそ、伊勢の内外の神の道なれ」と述べて「有難いという感謝の心を持つことです」と教え、「感謝」の心が大切であることを説きました。『日本書紀』巻第一神代上の第七段にも「恩親之意(心)」とあり、天照大神(あまてらすおおかみ)は穏やかで平らかな心を以(もっ)て高天原(たかまのはら)での素戔嗚尊(すさのおのみこと)の所業に接せられたと記されています。
また、『日本書紀』では、この「恩親」の二字を「睦(むつ)まじき」と読ませていますが、一説には感謝の心を持つことにより、人々が仲睦まじくなること=「睦和」の心を言い表したものとも考えられています。言い換えれば、私たちが毎日の生活を無事に送ることが出来るのも、天地からの恩恵はもとより、祖先や親をはじめ、日頃よりお世話になっている方々のおかげでもあります。そうした天地人に感謝する心のあり方が「恩親」だともいえましょう。
現代は国内外問わず変動の激しい社会です。ロシアとウクライナ、イランとイスラエル、アメリカなど多国間での紛争が勃発する状況にあっては、先に述べた「睦び和らぐ」心、つまり「感謝」「恩親」の精神を大事にすることも、今後、世界平和の構築や、様々な社会課題を解決してゆくためにも肝要になってゆくものと考えています。
仲介担い、今を伝える
うつくしまNPOネットワーク事務局長 鈴木和隆

特定非営利活動法人うつくしまNPOネットワーク(UNN)は、福島県全域で活動するインターミディアリー(中間支援組織=仲介役)です。東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故(3.11)は、当会にも大きな試練を次々に与えました。
3.11から10年目の時、立正佼成会一食(いちじき)平和基金の「一食福島復興・被災者支援」事業に関わることになりました。「一食を捧げる運動」による基金を、震災復興に向けて活動する団体へ「仲介する仕事」です。インターミディアリーの本筋の仕事です。
「一食」を「いちじき」と読むことを知り、いささかたじろぎました。余財ではなく、食事を抜き、空腹の中から献金された浄財だったからです。かつ、一食平和基金と平和の二文字も入っています。公平に「仲介」することが果たしてできるのか、不安でした。しかし、一方で、3.11支援活動を行う諸団体にとり活動資金の捻出は喫緊の、とても大切な課題でした。
UNNのためらいを吹き飛ばすような出来事がありました。「一食平和基金からの援助のおかげで、私たちは活動を続けることができました」と手紙を頂いたのです。活動継続の瀬戸際を応援することができたのです。
そんな時、佼成新聞から、「皆さんの福島復興の活動を、一食を捧げる運動に参加した人たちに伝えたいのです」と取材の申し込みがありました。取材に同席し、記者の福島の今を伝えるぞというメディアとしての矜持(きょうじ)を垣間見た時、佼成新聞もまた、インターミディアリー(仲介役)であることを強く感じました。





