『望めど、欲せず――ビジネスパーソンの心得帖』(5) 文・小倉広(経営コンサルタント)

仕事がうまくいかない時は、お墓参りに行け

「仕事がうまくいかない時は、お墓参りに行け」

かつて、人生の先輩から教えを受けた時、私はこう思いました。

「神頼みかよ……。そんなことでうまくいったら苦労はないよ」。しかし、後にわかります。それは大きな勘違いだったのです。

仕事がうまくいかない理由は、ただ一つです。自分のことばかりを優先しているからです。

自分の金儲け、自分が楽をすることばかり考える。顧客満足が低下しているからうまくいかない。もしくは、職場で仲間を大切にせず、自分の意見を押し通そうとする。自分のことばかり考えているからうまくいかないのです。

では、なぜ墓参りなのでしょうか?

あらゆる問題の原因が自分のことばかり考えていることにあるとしたら。まずは身近な人を思いやり、大切にすることから始めなければなりません。マザー・テレサは、世界中からボランティアが集まってくると、いつも同じ言葉を伝えました。

「家に帰りなさい。まずは周囲の人を大切にして下さい」と。

家族を大切にできない人が顧客や同僚を大切にできるわけがありません。もし、そのような人がいたとしたら、それは偽物です。義務感や正義感、もしくは人目を気にして、偽善者として無理しているに過ぎません。それでは意味はありません。

まずは、家族を、祖先を心から大切にする。それがしっかりと身につけば、ごく自然に顧客や周囲の人を大切にすることができるようになるでしょう。お墓参りには、そういう意味があったのです。

私の専門であるアドラー心理学では、人の幸と不幸を分けるもの、成功と失敗を分けるもの、善と悪を分けるものはたった一つ、「共同体感覚」だと考えます。共同体感覚とは――相手を喜ばせることを喜ぶ心、個人的な成功よりも全体の成功を優先する心、自分は全体の一部であると認め、受け容れる心、自分は一人では生きていけないとわかり、助け合う心――のこと。協力、貢献の能力と、その準備の度合いでもあります。アドラーはそれを「健全性のバロメーター」「導きの星」とまで言いました。

仕事がうまくいかない時。対人関係がうまくいかない時。あらゆる悩みを抱えた時。まずは、自分の仕事の手を止めて、お墓参りに行ってみてはどうでしょうか。そして、周囲の人を喜ばせることに時間を割くのです。夫婦であれば家事を手伝うことや、パートナーの喜ぶことをしてみるのです。

「忙しいから無理」は言い訳です。もしも、家族や職場の人間関係がうまくいくようになったなら、ストレスが激減し、仕事の効率も劇的に向上するでしょう。周囲の人のために時間を割いて良かったと思うはずです。まずは、お墓参りから始めてみてはいかがでしょうか。きっと、やって良かった、と思うに違いありません。

プロフィル

おぐら・ひろし 小倉広事務所代表取締役。経営コンサルタント、アドラー派の心理カウンセラーであり、現在、一般社団法人「人間塾」塾長も務める。青山学院大学卒業後、リクルートに入社し、その後、ソースネクスト常務などを経て現職。コンサルタントとしての長年の経験を基に、「コンセンサスビルディング」の技術を確立した。また、悩み深きビジネスパーソンを支えるメッセージをさまざまなメディアを通じて発信し続けている。『33歳からのルール』(明日香出版社)、『アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)、『比べない生き方』(KKベストセラーズ)、『僕はこうして、苦しい働き方から抜け出した。 』(WAVEポケット・シリーズ)など著書多数。