現代を見つめて(55) 同胞が助け合う場所 文・石井光太(作家)
同胞が助け合う場所
関東を中心に、ベトナム人が豚などの家畜を盗んだ容疑で逮捕された。彼らはインターネットのSNSを通じて在日ベトナム人に販売していたという。
日本に出稼ぎに来ている東南アジア系の外国人は、往々にして生活が苦しく、社会的立場も弱い。そんな彼らがSNSを使って日本に暮らす同胞と様々な形でつながっていることはあまり知られていない。
一時代前まで彼らは特定の地区に固まって住んでいた。ベトナム人なら「ベトナムタウン(横浜)」、フィリピン人なら「リトルマニラ(竹ノ塚)」、ミャンマー人なら「リトルヤンゴン(高田馬場)」と呼ばれる拠点があった。地方都市でも、東南アジア系のレストランがたまり場となってコミュニティーができていた。
このコミュニティーは互助会のようなもので、顔見知りになった者たちが様々な面で助け合う。祖国から持ち込んだ薬を売る、お金の貸し借りをする、余った商品を安く譲る、失業者に仕事を斡旋(あっせん)する。多少の金銭のやりとりが発生するが、それがセーフティーネットになっていたのである。
ところが、ここ十年ほどでコミュニティーの形が大きく変化した。技能実習生に代表されるように、多くの外国人が地方で農業や漁業といった一次産業で働いているため、一カ所に集まることが難しくなった。そこでSNSでコミュニティーを形成したのだ。
彼らが駆使するのは、フェイスブック、ツイッター、インスタグラムなどだ。そこで物を融通し合ったり、私物を売って小遣い稼ぎをしたりする。困っている人がいれば、みんなで支援する。つながり方は変わっても、助け合いのシステムは同じだ。
今回、ベトナム人が豚の売買をしたのは、このようなSNSだった。コロナ禍で生活に困り、コミュニティーを利用して困窮している同胞に売ろうとしたのだろう。
悪用されたことは残念だが、コミュニティー自体は彼らにとって必要不可欠なものである。私たち日本人は、事件を批判するだけでなく、貧しい外国人がなぜ日本でそうしたコミュニティーに頼って生きざるをえないのかということに思いを巡らすべきだろう。彼らをそう駆り立てた要因は日本社会にもある。それを考えることが共存への一歩なのだ。
プロフィル
いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『アジアにこぼれた涙』(文春文庫)、『祈りの現場』(サンガ)、『「鬼畜」の家』(新潮社)、『43回の殺意――川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社)、『原爆 広島を復興させた人びと』(集英社)など著書多数。