TKWO――音楽とともにある人生♪ 指揮・大井剛史さん Vol.2
東京佼成ウインドオーケストラ(TKWO)のさらなる発展のために、奏者の団員と切磋琢磨(せっさたくま)し、成長していく喜びを感じているTKWO正指揮者の大井剛史さん。今回は、TKWOのファンクラブに入っていた中学生の頃の思い出や、指揮者として、初めてTKWOと共演した時の話を紹介する。
佼成ウインドに“ドハマリ”
――佼成ウインドとの出合いはいつですか?
僕と佼成ウインドとの出合いは、三つ段階があると思っています。まずは、中学生の時。これまでにインタビューされた多くの団員が話しているように、僕も例にもれず、吹奏楽部に入った時にです。
中学校の吹奏楽部では、曲を演奏する時の参考として、「プロが演奏しているCDを聴きましょう」ということがよくあります。そのCDには、「東京佼成ウインドオーケストラ」と書かれていて、何枚も聴くうちに、佼成ウインドの存在を知っていくわけです。吹奏楽部に入っていた人なら、ここまではよくある話かと思いますが、僕は“ドハマリ”でした。部室にあるCDを聴きあさり、佼成ウインドの大ファンになり、部室にあるだけのCDでは満足できず、佼成ウインドのCDが欲しくなりました。
当時、住んでいた所は栃木県の田舎で、インターネットもない時代でしたから、欲しいCDを手に入れるのは簡単ではありませんでした。そんな時に、「ウインドメイツ」という佼成ウインドの公式ファンクラブが発足しました。その存在をある音楽雑誌で知り、入会したんです。
会員になると、カラーカタログが送られてきて、そこにはCDや演奏会の情報が記載されていました。会費は1000円。当時の佼成ウインドのメンバー全員が写っているテレホンカードが付いてきました。そのほか、演奏会の割引の特典があったり、定期的に刊行物が送られてきたりしました。そうしてカタログを利用し、CDを買いました。
今でも、曲を言われれば、その演奏が頭の中に流れ、「トランペットやトロンボーンがここでこういう演奏をする」というのもはっきり覚えているぐらいです。本当に何度も、何度も聴きました。ウインドメイツには、「一期」とか「二期」とか入会の時期を判別するような仕組みはありませんでしたが、僕は最初に入った“一期生”です(笑)。これが、佼成ウインドとの第一段階の出合いですね。
――当時、佼成ウインドの生演奏を聴いたことはありましたか?
中学生ですから、同じ関東といっても、佼成ウインドの拠点がある東京で行われる演奏会に、おいそれと出掛けられませんでした。その後、第二段階の出合いは、高校2年生の時です。この頃から時々、定期演奏会に足を運ぶようになりました。
初めて聴いた定期演奏会は、1991年4月20日、東京都渋谷区にあるオーチャードホールで行われた第48回定期演奏会でした。指揮者はフレデリック・フェネルさん。プログラムの1曲目はG・ホルストの「吹奏楽のための第一組曲」で、1階の一番後ろの方の席で聴いていました。この時の演奏会は忘れられません。オーチャードホールの客席の後ろは、ステージと少し距離があるのですが、それでも、なんと表現すればいいんですかね……、音が立ち上ってくるような聴こえ方なんです。信じられないような響きで、感動しました。