【アトリエエム株式会社代表取締役・三木啓子さん】パワハラへの取り組みを 企業文化育むチャンスに

職場におけるパワーハラスメントの被害が後を絶たない。平成29年度に都道府県の各労働局に寄せられた相談件数は、過去最多の7万2067件に上った。事態の深刻さを踏まえ、厚生労働省は今年、職場における「パワハラ」防止措置を企業に義務付ける法案を国会に提出する。パワハラをなくしていくには、何が必要か。労働に関わる人権問題に詳しいアトリエエム株式会社の三木啓子代表取締役に対策について聞いた。

法制化はパワハラ解決の一歩 声を上げられる職場環境に

――パワハラは、なぜ減らないのでしょう?

各企業でパワハラの本質が理解されず、根本的な解決に至っていないからだと考えています。パワハラとは、職務上の地位や立場の優位性を背景に、主として経営者や上司などが部下に対し、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える行為を指します。大半は組織に起因する問題なのですが、パワハラは、個人間のトラブル、個人の性格の問題として捉えられがちです。そうした誤解が、パワハラがなくならない理由だと思います。

例えば、人手不足が常態化している職場や、厳しいノルマが課せられている職場では、パワハラが発生しやすくなります。目標を達成するために、処理しきれないほどの業務が社員に強いられる企業では、“上司がパワハラ的な指導を部下にせざるを得なかった”という状況が生まれてしまうからです。この場合、本来は増員や目標数の見直しを図る必要がありますが、多くの企業では、パワハラの行為者への指導や、当事者を引き離すために配置転換で対処するのが一般的です。しかし、根本的に職場の労働環境は変わっていませんから、同じ事が繰り返されてしまいます。こうしてハラスメントの連鎖が起こるわけです。

また、人は自分が受けた方法で、他人を指導しがちですから、パワハラ的な指導を受けた人は、自分の部下や後輩に対しても同じ事を繰り返す傾向にあります。さらに、強権的、高圧的な指導が行われている現場を見た人が、「その指導でもパワハラにはならない」と認識し、誤った指導方法が組織内に蔓延(まんえん)して被害者が増加する一因となります。

――今回の法制化は、パワハラ問題を解決する決め手になるのでしょうか

法が施行されれば、多くの企業でパワハラ防止の方針が示されると同時に、相談体制がつくられ、啓発や再発防止の取り組みが行われるでしょう。これまで、パワハラに関する対策が企業の努力に頼るものだったことを考えれば、解決に向けた一歩になると思います。

しかし、法制化で、問題が一気に解決されていくかといえば、疑問が残ります。男女雇用機会均等法のもとで、セクシャルハラスメントに対する措置義務が定められましたが、法整備後も相変わらず約3人に1人が被害を受けている現状があるからです。

そこには、ハラスメントの被害者が、職場で声を上げられないという立場や環境上の問題が潜んでいます。セクハラ同様、パワハラの被害を受けている人の多くは、上司との力関係に屈したり、「トラブルメーカー」「神経質な人」と周囲からバッシングを受けたりすることを恐れ、声を上げたくても、そうすることができないのです。企業側にとっても、「パワハラがある企業」だと社会から評価されてしまうことはリスクになります。たとえ、従業員が勇気を振り絞って訴えても、問題が公にならないように、配置転換などで済ませてしまうというケースは、法改正だけでは改まらないのではないかと思います。

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