日本国憲法施行70年 「平和主義」は有効なのか?(1) 長谷部・早稲田大学教授に聞く

早稲田大学の長谷部教授

5月3日、「日本国憲法」が施行され、70年を迎える。「平和主義」を掲げる憲法を有する国として、日本はこれまで戦争を放棄し、非軍事による平和貢献の道を歩んできた。一方で、一昨年には、従来違憲とされてきた「集団的自衛権」の行使を容認する安全保障法制が成立し、政治の場では「憲法改正」の論議が高まりを見せている。また、世界では「自国優先」の保護主義が台頭し始めた。憲法記念日に合わせ、『平和主義は有効なのか』をテーマに識者にインタビューした。2回にわたり紹介する。1回目は早稲田大学の長谷部恭男教授。「平和主義」の理念、9条の意義、さらに、国際情勢を踏まえた今後の日本の進路について聞いた。

日本国憲法の「平和主義」とは? そして憲法9条の意義は

――日本国憲法の三原則の一つである「平和主義」は何を規定しているのですか

「平和主義」という言葉は、多様な意味合いで使われます。一つは「純粋な平和主義(pure pacifism)」というものです。これは、たとえ他人から攻撃されることがあっても、一切反撃することを認めないという、完全非暴力の考え方です。

これに対し、「穏和な平和主義(moderate pacifism)」というものがあります。暴力のない世界という理想は求めながらも、他国からの威嚇や攻撃の可能性が否定できない現状では、国民の生命と財産を守るための備えは、一定程度持たざるを得ないという考えに沿ったものです。日本国憲法は、条文を読むと「純粋な平和主義」のように見受けられるかもしれませんが、自衛隊が違憲ではないように、実は「穏和な平和主義」を採用しています。

「穏和な平和主義」が採用されるのは、日本国憲法が立憲主義に基づいていることと関係します。立憲主義とは、個人の自由や権利を守るために国家権力を制限することだと理解されている方は多いでしょう。それは、多様な価値観を持った人々が平和的に共存することを保障するためのものでもあります。

完全な非暴力は理想であり、全ての国がそうなるように努力することは重要でしょう。しかし、現在の世界はそうではありません。そうした世界の中で、国を守る手段については、人によってさまざまな考えがあるという現実も見ていかなければなりません。ある価値観によれば完全非暴力は「善き生き方」であったとしても、それとは違う価値観の人もおり、多様な価値観を持った人々の平和的な共存を図っていかなければならないのです。

その意味で、立憲主義と両立しうる平和主義にはおのずと限度があり、「穏和な平和主義」が採用されるのです。

――穏和な平和主義の下での憲法9条の意義は?

国の安全に関する決定は、誤れば大きな損失を招きます。特に、正確な情報や冷静な判断を欠いた有権者や政治家が、一時の感情で下す決定ほど危険なことはありません。第二次世界大戦で多くの人命を失い、多大な犠牲を払った日本の歴史がそれを物語っています。

9条は軍備をあらかじめ制限することにより、先のような危険を招かないよう合理的な拘束をかけているのです。

また、日本は、第二次世界大戦で軍部が台頭し、アジア地域に戦線を拡大しました。平和主義を理念とし、9条を備えた憲法を有する国の姿を示すことは、各国と協調していく上で重要な意味があると思います。

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