『何を目指す日本再生か? 今を生きる佼成壮年の役割』 日本総研会長・寺島実郎氏 令和2年次「壮年(ダーナ)総会」の講演から

寺島氏を囲み、討論会

――佼成会の壮年部員は、今後どのような方向に進むべきだと思われますか

寺島氏 AI(人工知能)が発達し、コンピューターが人間を超えていく時代になりました。ここで考えなければいけないのが、「認識」と「意識」の違いです。認識とは「目的手段合理性」のこと――つまり、ある目的に対して最適な方法を選択することが認識力です。この認識力において、コンピューターは確かに人間を超えていくでしょう。

講演後、庭野光祥次代会長や実行委員などが参加し、寺島氏を囲んで討論会が行われた

しかし、人間は必ずしも「目的手段合理性」だけで動くものではありません。例えば、目の前に溺れている人がいたら、自分がどれだけ泳げるかなど考えず、助けに飛び込むこともあるのです。損得を超えて、心の中から込み上げてくる情念のようなもの、それが「意識」です。そこに人間の迫力があるのだと思います。

センサーの精度をいくら高めても、コンピューターは涙が出ません。「意識」において、人間の人間たる価値が問われるのです。宗教も「意識」といえます。AI時代を生きるのが私たちの宿命ですが、こうしたところに宗教者の踏ん張りどころがあると思います。

――行政サービスが充実する一方、自分たちで問題を解決しようという市民社会の力が弱まったように思います。地域の力を取り戻す上で、信仰を持つ者の役割を感じています

寺島氏 市民社会はみんなで支えていくものです。その際に重要なのが、国と個人の中間に存在する「公(パブリック)」という概念です。まず、みんなで支えられるものは支えていく。その上で、自分たちにできないものを国に求めていくという姿勢が大切だと思います。

アメリカのAARPという団体は、約3600万人の定年退職者を組織化し、さまざまな社会活動を行っています。その基盤に宗教があり、メンバーを結束させているのです。日本でも、国と個人の間の“中間組織”として、宗教団体がどのような展開をするかによって、社会の安定化も決まると思っています。

――今回の「壮年総会」は、インターネット配信によって実施が可能になりました。しかし、IT技術が人間の生活を豊かにする一方、デジタル化の波に乗り切れない佼成会の壮年世代もいるはずです

寺島氏 今後、宗教団体が役割を果たす上で、デジタルをどう活用していくかが問われます。しかし、デジタルだけでは不十分で、やはり、人と人とが触れ合う「リアル」の場も大事なのです。佼成会には全国に教会がありますが、そうした教会現場という「リアル」と「デジタル」を上手に融合させていく教団が、今後伸びていくのではないかと思います。

その中で、デジタルに追いついていけない人には、知識を持った人が手を差し伸べる。そのように、一人ひとりを受けとめるネットワークをつくることが大切です。

ある運送会社は、主に通信販売の個人宅配を手がけていましたが、配送先で高齢者のためにパソコンの設置から立ち上げまでを行うなど、一歩踏み込んだ作業をすることで、顧客のニーズをとらえ、会社も成長しました。そうした付加価値をつけるのが知恵であり、戦略です。宗教団体にとっても、組織の活力を保つための戦略として当てはまるのではないでしょうか。しかも、それは自団体の利益のためだけでなく、社会で取り残される人をつくらないという役割もあるのです。

もう一つ、佼成会の特色として、世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)を支えてきたことが挙げられます。視野を広げ、グローバルな枠組みの中で自分たちの存在を意識するという意味でも、これは重要です。平和のために、自教団の思惑を超えてWCRPの中で努力されている皆さんの姿を周囲は見ています。組織の中で発言力を持ったり、役割を果たしたりするためには、やはり周りから尊敬されなくてはなりません。

――昨年のドイツでのWCRP世界大会は、ドイツ外務省の資金助成によって開催することができました。ドイツは難民問題など自国だけでは解決できない課題を抱えており、宗教に期待するものがあったのだと思います。そうした国益を超えることができる宗教の役割、可能性についてはどう思われますか

寺島氏 今、特にキリスト教社会で「イスラムとの対話」ということがいわれています。その背景には、イスラム教とキリスト教の長い対立の歴史があります。そうした中にあって、仏教は円融自在で、調和を保ちながら世界で存在する力があります。その意味で、これからの世界で仏教が果たす役割はとても重要です。特に、国家仏教から民衆の仏教へとパラダイムを変えてきた日本の仏教は世界に誇るべきものであり、その役割は大きいと思っています。