「ゆめトモ交流プログラム」 比ミンダナオの青年が来日

ミンダナオ子ども図書館奨学生の声

未来を変えてくれたポッケ

ウォルター・ジョン(18)

小学1年生の時、村に多くの兵士がやって来たのを見て体が震えました。ミンダナオの紛争を初めて目にしたのです。もう戦争は嫌です。フィリピンが、いつか日本のような、平和で安全な国になることを願っています。

私の家はカトリックの家庭で、父は農業を営み、母は専業主婦です。主にトウモロコシなどの野菜を売ったお金で暮らしています。家は貧しく、きょうだいが7人いて、食事を満足に食べられないことがよくありました。

12歳の時、MCLの奨学生になった頃ですが、立正佼成会の子供たちがミンダナオ島に来て、ゆめポッケを手渡してくれました。

ゆめポッケから日本の子供たちの思いが伝わり、温かい気持ちに包まれました。ノートやペンが入っていたので、頑張って勉学に励みました。ゆめポッケは、未来を変えてくれたのです。

今、大学で自動車に関わる経営学を学んでいます。将来は会社を経営し、同時にプロのギタリストになるのが夢です。

日本の子供たちの深い愛に心から感謝します。

今後も相互の交流を重ねたい

ノルハイヤ・パンディアン(19)

私はムスリムです。父は川で魚を獲って生計を立てており、母親は専業主婦です。漁業は天候に左右されるため安定した収入が得られず、きょうだいも多くて一日3回の食事をとることはなかなかできませんでした。高校1年生からミンダナオ子ども図書館の奨学生として、寄宿舎で生活しています。

小学3年生の時に紛争が起き、4年ほど避難生活を送りました。村に銃声が響き渡って人々が逃げ惑う光景を、時折思い出して怖くなります。

今から数年前、ミンダナオ子ども図書館のスタッフからゆめポッケを受け取りました。その時、松居館長から、日本の子供たちが貯(た)めたお金で買った物をゆめポッケに詰めていると聞き、他人を愛する皆さんの素晴らしさを知りました。おもちゃは弟たちにあげて、ノートは勉強のために大事に使っています。

大学卒業後は小学校の教師になって故郷に戻り、子供たちに勉強を教えるのが夢です。

「親子で取り組むゆめポッケ」の活動を通じて、フィリピンと日本の交流がもっと行われて、平和の祈りが世界の隅々にまで届くことを願っています。

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