利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(87) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

人格と人生

では、人格と健康や学業・仕事の関係はどうだろうか。実は、この関係についての研究は、幸福感との関係についての研究よりも少ない。そこで私たちはこの点を調査してみた。現在、細かな分析が進行中なのだが、人格(美徳と人格的な強み)についての主観的な自己認識と、健康、学業・仕事、人間関係、達成度との間には、やはり相当の関係があった。つまり、自分の人格を高く評価している人の方が、人生において、健康であり、学業・仕事がうまくいっていて、良い人間関係を持っており、さまざまなことを達成していると考えている傾向があったのである。

この調査は、自分について答えてもらっているので、健康、学業・仕事、人間関係、達成度の客観的な水準を調べているわけではない。また、先述の場合と同じように、因果関係は明確ではない。

でも、「健康、学業・仕事、人間関係、達成度」が自分の人格の自己評価に影響するという方向の因果関係は、なくはないにしても、幸福感の場合よりも少ないように思われる。だから、「人格の良さ(自己評価の高さ)がこれらの人生の重要な側面に好影響を与える」という可能性の方が高いと推定できそうだ。

私たちの人生にとって、このような研究のもたらす意味はとても大きい。簡単にいえば、良い人格の形成が、健康、学業・仕事、人間関係、達成度などに好影響を与えることになり、人格涵養(かんよう)の重要性が科学的に明確になるからだ。

人格と人生・政治

よって、人格はその人生に大きな影響をもたらす。だからこそ、人格の陶冶(とうや)や涵養が大事なのだ。この命題は、古くから、宗教や道徳が説いてきたことだが、ポジティブ心理学の研究によって改めて実証されつつある。

そして、ミクロな個々人についての真理は、マクロな政治や経済についても当てはまるだろう。政治において、倫理や誠実さ、噓やごまかしをしないという美徳は、結局は政治的結果に現れてくる。この点はまだ科学的に実証されたわけではないが、ギリシャ哲学や儒教のような古典的な政治哲学が主張してきたことだ。ポジティブ心理学の科学的研究によって、このような議論の妥当性が高まったと言うことができるだろう。

従って、倫理的で高潔・誠実で、嘘偽りを述べずに真実を訴える政治家こそ、信頼することができて、人々の信託に応えて、人々を幸せにすることができる。だからこそ、私は、「徳義共生主義(コミュニタリアニズム)」という考え方を提起して、美徳の重要視を強調している。個々人においても、政治経済においても、優れた人格や有徳性の重要性が再認識されることを願ってやまない。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院社会科学研究院長、千葉大学公共研究センター長で、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別招聘(しょうへい)教授兼任。専門は公共哲学、政治哲学、比較政治。2010年に放送されたNHK「ハーバード白熱教室」の解説を務め、日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。日本ポジティブサイコロジー医学会理事でもあり、ポジティブ心理学に関しては、公共哲学と心理学との学際的な研究が国際的な反響を呼んでいる。著書に『サンデルの政治哲学』(平凡社新書)、『アリストテレスの人生相談』(講談社)、『神社と政治』(角川新書)、『武器となる思想』(光文社新書)、『ポジティブ心理学――科学的メンタル・ウェルネス入門』(講談社)』など。

【あわせて読みたい――関連記事】
利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割