バチカンのウクライナ和平案に関するわずかな見解の変化(海外通信・バチカン支局)

バチカンは以前、ウクライナのゼレンスキー政権から、「ロシアによるウクライナ侵攻という事実の前で、(バチカンの維持してきた)中立という立場は存在しない」「誰が侵略者で、誰が防衛者なのかを明確にしない」「なぜバチカンはロシアを名指しで非難しないのか」「唯一の和平案はウクライナ政府の主張するものであり、人道支援を除いてバチカンの和平調停を必要としていない」といった批判を受けてきた。

だが、バチカンは、「人道支援を中核としたウクライナ和平交渉に向けた道ならし」として、教皇特使のマテオ・ズッピ枢機卿をキーウ、モスクワ、ワシントン、北京に派遣。これ以来、バチカンのウクライナ和平案に関する発言や、一連の動きの中で強調されるさまざまな見解に対して、わずかながら無視できない変化が見受けられるようになった。

国連の安全保障理事会で9月20日、『効果的な多国間主義による国連憲章の目的と原則の維持:ウクライナの平和と安全の維持』と題する、ハイレベル公開討論会が行われた。バチカンから、同国務省外務局長のポール・リチャード・ギャラガー大司教が参加し、スピーチした。この中に、バチカンのウクライナ和平案に関する微妙な変化が明確に表現されている。ロシアが「残忍で無意味なウクライナに対する侵攻」を行い、「ウクライナが多大な犠牲を払いながら、国家の主権と国際的に認知された国境を防衛している」と位置付けたのだ。ウクライナ侵攻という悲劇の前で、ロシアの責任を明確にし、ウクライナが自国を防衛しているという現状認識に関する明確な表明だった。

さらに、多大な犠牲を払いながらも防衛を続ける動機となる価値観は、「この高貴な機構(国連安保理)が創設されて以来、促進し、分かち合ってきたものと同じ」と指摘。残忍なウクライナ侵攻で最も苦しんでいるのは「一般市民、特に、子供や若者、高齢者である」と述べ、「戦争が大きな悪である」と糾弾した。その大きな悪は、「ウクライナの国境線を越えて、欧州のみならず、他の大陸をも暗く覆い、人間の心のうちに侵入し、“戦争論理”の虜(とりこ)としてしまっている」とも警告した。

また、「ロシアによる侵攻が、第二次世界大戦後に生まれた全世界の秩序を危機に陥れていることは否定できない事実」と非難し、「悪は、善を生む能力を有しない。攻撃は新しい攻撃を生むのみ」と主張。「戦争が中断され、あらゆる機会を利用して平和が追求されなければ、全世界がさらに深い危機へと墜落していく」と警鐘を鳴らし、「全ての人にとって、戦争より平和のために投資する方が、より良く、払う代価も少ない」と話した。

最後に、「聖座(バチカン)は、ウクライナの近くに立ち、ウクライナ領土の一体性を完全な形で支持するのみならず、ウクライナ国民の苦を軽減するための人道イニシアチブを継続していく」と約束した。ウクライナ領土の一体性に関する主張は、ゼレンスキー政権が目標とする和平案の中核をなすものだ。
(宮平宏・本紙バチカン支局長)