世界の諸問題に諸宗教対話・協力で挑戦 バイデン大統領とバルトロメオ一世(海外通信・バチカン支局)
「教皇は最強の平和闘士」とバイデン米大統領 バチカン訪問で
ケネディ大統領に次ぐ、米国史上2人目のカトリック信徒の大統領であるジョー・バイデン大統領が10月29日、バチカンを訪問し、ローマ教皇フランシスコと75分間にわたり懇談した。一国家元首との会談としては、異例の長さだった。オバマ大統領との懇談(2014年)が50分、トランプ大統領とは30分(2017年)であったことからも、今回の懇談が両指導者にとって重要な対話であったといえる。
トランプ大統領との懇談では、両指導者の表情は厳しく、緊張の中で展開されたが、バイデン大統領とは、「完全にフィーリングが合った」と米国政府筋は伝えるほどの雰囲気の中で行われ、談笑を交える場面もあったという。バチカンに「米国が戻ってきた」(America is back)と告げられるものだった。
当日、バチカン使徒宮殿にある教皇専用書斎の入り口で迎えた教皇に対し、バイデン大統領は「あなたは、私が会ったことのない最強(the most significant)の平和闘士だ」とあいさつしたという。バチカンが公表した声明文によると、懇談で両指導者は、「地球(環境)の保全」「(世界の)医療状況と新型コロナウイルス感染症の世界的流行との闘い」「難民と移民の救援」に加え、「信教と良心の自由をも含む人権の擁護」について話し合った。また、翌30日にローマで開催される20カ国・地域首脳会議(G20)や、外交交渉による世界平和の促進に話が及び、国際情勢に関して意見を交わした。
ホワイトハウスが公表した声明文によると、バイデン大統領は、「世界の貧者や、飢餓、紛争、迫害に苦しむ人々に対する教皇の擁護」に対して謝意を表明。さらに、「環境危機との闘い」「ワクチンの分かち合いを通したパンデミック(世界的流行)収束の呼びかけ」「平等な世界経済の再建」に関する教皇の取り組みに賛辞を送ったという。
バイデン大統領は、バチカン国務省でピエトロ・パロリン長官(枢機卿)、ポール・リチャード・ギャラガー外務局長(大司教)とも懇談。ホワイトハウスの声明文は、同大統領がバチカンの環境危機との闘いに対する積極的なリーダーシップに謝意を示したと伝えている。また、席上、開発途上国に対する同ウイルスワクチンの支援に向けて議論したこと、米国とバチカンが「世界レベルでの、個人と信教の自由の擁護のために声を上げていく」方針であることを伝えた。
教皇との懇談後、バイデン大統領は「バチカンで教皇フランシスコと会えて光栄だった。貧者や、飢餓、紛争、迫害に苦しむ人々に対する教皇の慈悲心と擁護は、世界にとって(基準となる方向を示す)北極星だ。彼を模範とし、私たちが日常生活で実践できるように願う」とツイートした。
だが、米国内では、カトリックの右派・保守派の司教たちがSNSを通して大統領と教皇の会談を一斉に批判した。バイデン大統領は教会に通う敬虔(けいけん)なカトリック信徒として知られるが、公選された大統領として民主党の伝統を受け継いで、人工妊娠中絶を容認する政策を支持しているからだ。中絶反対はキリスト教極右派、原理主義勢力の政治スローガンや旗印となっており、同国のカトリック教会を二分する原因となっている。
中絶に反対するキリスト教極右派勢力はトランプ前大統領の選挙基盤であり、前大統領が施行した国内政治と社会勢力の分断によってカトリック教会も分裂の影響を受けた。保守派の司教たちは、現大統領を含めた中絶を容認するカトリック信徒に対し、ミサの中で最も重要な儀式である聖体拝領(キリストの身体と血とされるパン、ブドウ酒の受領)を禁止するよう提案している。
今年11月中旬には、米国カトリック司教会議の定例総会で、聖体拝領に関する司牧書簡が審議されることになっている。同司教会議の保守派司教たちは、教皇のカトリック教会指導方針をも批判するグループだ。そのため、バイデン大統領は教皇との懇談後、米国メディアに対し「会談中、特に聖体拝領の問題は議題とならなかった」と説明し、「教皇は、私が良きカトリック信徒であり、聖体拝領を続けるように言われた」と明かした。また、「私自身は中絶に反対だが、その個人的見解を他の人に押し付けることはしない」と発言。あくまでも、民主党内で選出され、公選された大統領として個人的見解を強制できるものではないとの意向を表明した。
バチカンの教理省は今年、米国カトリック司教会議に対し、バイデン大統領を含め、中絶を容認する同国のカトリック信徒に圧力をかけないようにと進言していた。ただし、教皇は今も「人工妊娠中絶は殺人、犯罪」と説き続けており、バチカンの意向は、米国内における「中絶の政治利用」を抑制することだと見られている。
(宮平宏・本紙バチカン支局長)