【海獣学者・田島木綿子さん】海の哺乳類が教えてくれた人間との共存の在り方

ストランディングしたクジラ。クジラの姿勢を整えるため、尾ビレにロープをかけている(写真提供・国立科学博物館)

「人間社会に責任がある」 本気で受けとめて行動を

――クジラ類の生態から、人間が学ぶことはありますか

海洋生態系の上位に位置するのが、海の哺乳類たちです。だからといって、餌となる魚類やイカ類を食べ尽くしたり、一種だけ繁栄しようと他の生物をむやみに襲ったりはしません。生態系全体が乱れれば、自分たちにもその火の粉が降りかかり、絶滅の恐れもあるからです。生物同士は、食う食われるの関係、持ちつ持たれつの関係など、何らかのつながりがあって相互に生かされ生きており、その中で生態系を育んでいます。海の哺乳類もその一員であり、もちろんわれわれもその一員なのです。

しかしヒトは、ヒト一種だけの繁栄を求め過ぎてしまっている印象があり、同種同士の争いも絶えません。地球の生態系の中で、ヒトだけが生き残っても、その先に明るい未来は続いていないでしょう。生態系の中で、ヒトも他の生物や環境と、持ちつ持たれつの関係、どこかでつながっている関係だということをいま一度心に留めることが大切ではないでしょうか。

――野生動物と人間が共存するために心がけたいことは

現在までに海洋へ流出したプラスチックごみの総量は1億5000万トンといわれます。世界規模の問題ですが、国内では、25年前に海岸に打ち上がったクジラの胃から、プラスチック片を発見しています。プラスチックには残留性有機汚染物質(POPs)が吸着することが分かっており、POPsが体内に高濃度に蓄積されると、免疫機能が低下し感染症にかかりやすくなり、がんの発生率も高くなるという報告もあります。POPsだけでなく、海水温の上昇や酸性化など海洋環境の劣悪化が、海の哺乳類だけでなく海洋全般に深刻な影響を与えていることは紛れもない事実であり、われわれがどれだけ自分の事として受けとめられるかが、一つのキーになります。

実は、海洋プラスチックの7割が河川から運ばれてくるそうです。街中にあるごみ箱からあふれ出たペットボトルや放置されたプラスチック製品が河川に流れ込み海へと運ばれます。その結果、海の生き物たちが誤飲したり絡まったりする事実がある――この悪循環を少しでも食い止めるには、究極論としては、プラスチック製品を〈作らない〉〈使わない〉〈捨てない〉の三つが重要のようですが、これを全て完璧にこなすことは難しいとしても、少しでもそこに近づけることは何かと考え、できることからコツコツと始めてみようではありませんか。一人ひとりが〈人間社会に責任があるんだ〉と本気で受けとめ、行動を変えていくほかありません。自然がいつまでわれわれを支え続けられるかは、一人ひとりの行動に懸かっています。

自然や生物をもっと身近に感じることも、一つのきっかけになると思います。森や山で、小鳥のさえずりや川のせせらぎを聴いていたら、偶然アナグマの親子に遭遇したり、雄大な海を眺めていたら、イルカのジャンプを目撃したりという体験を通して、われわれも彼らも生態系の一員であり、自然は永遠ではないことに気づき、そこから何かが湧き上がってくるのではないでしょうか。それこそが、自然や他の動物たちと同じ道を渡っていく時の大切なルールになるはずです。

プロフィル

たじま・ゆうこ 1971年生まれ。日本獣医生命科学大学(旧日本獣医畜産大学)獣医学科卒業。東京大学大学院農学生命科学研究科で博士号(獣医学)を取得。現在、国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ研究主幹、筑波大学大学院生命環境科学研究科准教授を務める。獣医病理学の知見を生かし、海の哺乳類のストランディング個体の調査や標本化作業で国内を駆け回る。著書に『海獣学者、クジラを解剖する。』(山と溪谷社)、『海棲哺乳類大全』(緑書房)など。