【Japan Hair Donation & Charity 代表理事・渡辺貴一さん】髪が人をつなぐ 広がれ善意の束

ウィッグを通して見える社会 善意が育つことを意識して

――これまでの取り組みで、印象に残っていることは?

最初のレシピエントになってくれた高校生の女の子から届いたお礼のメールに、忘れられない言葉がありました。

その子は、抗がん剤治療が終わり、復学するためにウィッグが必要になって、ジャーダックに直接問い合わせてきてくれたんです。僕たちはウィッグを、カットする前の状態でレシピエントに送ります。そして美容院でその人に合った髪形に整えてもらうようにしています。

彼女のウィッグのカットに同席したのですが、その光景は、どこの美容院でもある、何の変哲もない当たり前のシーンに僕の目には映りました。しかし、後日、彼女から送られてきたメールには、「自分の本当の笑顔を久しぶりに見た」と書かれていたのです。

彼女は1年半の間、がんの治療を行ってきましたから、美容院に来たのは久しぶりのことだったと思います。美容院でカットしてもらっている時に、鏡に映る自分を見て、病気になる前の感じを思い出したのでしょうね。心から笑えずにいたというのは、長い入院生活の間、親にこれ以上心配を掛けたくないという思いもあったでしょうし、周囲の大人たちに気を使って無理に笑顔を作っていたのかもしれません。

「自分の本当の笑顔を久しぶりに見た」なんて言葉、なかなか出てこないですよね。この一言が彼女の闘病生活を物語っているようで、今も心に残っています。

――レシピエントはがん患者の方が多いのでしょうか?

そう思われがちですが、がん患者さんは実際は3割程度です。6~7割が無毛症や脱毛症の子供たちです。小児脱毛は発病する年代が若いほど回復の見込みが低く、生涯にわたって病気と向き合わなければならない方もいます。

ウィッグを求める子供は年々増えています。残念に思う理由は、ウィッグがどうしても必要な社会というのは、髪の毛がない人や、“普通”と違った見た目の人への差別がある、優しくない社会でもある、ということだからです。なぜウィッグが必要な子供たちがいるのか、彼らの病気や社会の現状に対する理解が進んでいくことも、ジャーダックの願いの一つです。

髪の仕分け作業を行う大阪市の事務局には、毎日各地から多くの髪が届く

その一方で、うれしいことに、子供のドナーが増えていて、現在は毛髪提供者全体の25~30%が10代です。夏休みは特に10代の提供が多く、昨年の8月は40%を超えました。

毛髪の仕分け作業をしている事務局への見学希望者も多く、そうした声に応えるため、昨年から親子を対象としたヘアドネーション体感イベントを開催しています。ウィッグユーザーの方の講演やウィッグの試着体験、毛髪の仕分けのワークショップなども行っています。

子供たちの善意が育つことを意識し、活動しています。自分の行動が困っている人の役に立つという経験は、子供にとって貴重です。自分ではなく別の誰かを優先したり、人のために行動したりすることによって、子供たちの心には必ず残るものがあると思うんです。何が残るかは人それぞれですが、それを熟成させていくことで人間としての豊かさが育まれていくのではないでしょうか。ヘアドネーションを通じて、ドナーの子供たちにも貢献できればと思っています。

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