終わりを思い、今を生きる (1) 写真・文 浦上哲也 

なごみ庵の月例行事である法話会

誰にでも、いつか必ず訪れるのが「死」です。日頃は意識せずに過ごしがちですが、その存在を思うとき、私たちの心は不思議と「今」に向かいます。その際、あなたが手放すもの、大切にするものは何でしょうか。ワークショップ「死の体験旅行」を主宰する浦上哲也師と一緒に、立ち止まってじっくりと考えてみませんか。

日本一ちいさくて、新しい寺

神奈川県横浜市の東白楽駅から徒歩1分の住宅街に、令和で全国初の宗教法人の認可を受けた浄土真宗の寺院「慈陽院なごみ庵」があります。いわゆる伝統的な建築の寺院ではなく、一般的な住宅をお寺に改装し、そこで私は住職を務めています。お盆やお彼岸、報恩講といった法要では、なごみ庵のちいさな本堂は参拝者でいっぱいになります。また、自らが命を終えていく過程を擬似体験し、患者や家族がどのような喪失感を味わっているのか、悲しみ苦しみを感じているのかを体験するワークショップ「死の体験旅行」を主宰し、定期的に開催しています。

詳しい方なら「浄土真宗は東西に分かれているんだよね」「十の派に分かれているはずだ」などと思われたかもしれません。しかし、なごみ庵はその十派に属さない単立と呼ばれる寺です。日本の僧侶は30万~35万人ほどいるそうですが、その8~9割が寺院に生まれたことが縁で僧侶になっていると思います。しかし私は、一般家庭に生まれました。父親が商売をしていて験を担ぐほうだったので実家には大きな仏壇がありましたが、親戚が嫁いだ寺にときどき遊びに行く以外は、特に仏教と大きな関わりは持たずに育ちました。わずかな縁としては、小学生の時に家にあった手塚治虫さんの『ブッダ』(兄のものだったと思います)を読んだり、中学生の時に図書室で、他の誰も手に取らないような『釈迦名言集』(友松圓諦著、ポプラ社)を読んだりしたことぐらいでしょうか。

一般の大学を出て、一般企業に就職したものの、数年でそこを辞し、これからどうしようかと思っていた矢先に親戚の寺から声をかけられました。ですが、最初は僧侶になることに迷いがありました。普通の仕事であれば「合わないから辞めた」で済むでしょうが、「僧侶が合わない」のは人間失格ではないかと思ったからです。しばらく逡巡(しゅんじゅん)しましたが、反対をすると思っていた父親の後押しもあり、そのお寺で勤め始めたのです。

駆け出しの僧侶としてお寺で働きながら、築地本願寺の東京仏教学院で仏教、特に浄土真宗について学んでいきました。またその中で「都市開教」という、都市部に新規のお寺を開く道があることを学びました。親戚のお寺には跡継ぎ息子がいるので、どこか既存のお寺の養子になるしか住職になる道は無いと思っていた私は大いに驚きました。しかし、すぐに自分がその道に進むとまでは考えていなかったのですが、仏教学院の先生や都市開教の先達に話を聞き、そして背中を押していただきました。そうして卒業後しばらくしてアパートから借家に移り、一室を仏間として活動を始めたのです。

最初は月に一度の法話会のみで、数年間は参加者が1人ということも珍しくありませんでしたが、不思議とゼロにはなりませんでした。誰も来ない日が続けば心が折れていたかもしれませんが、必ずどなたかがいらっしゃるのは、仏さまの応援だったのではないかと今になって思います。

そんな閑古鳥が鳴くような法話会でしたが、徐々にいらっしゃる方が増えていきました。さまざまな縁がありましたが、坊守(浄土真宗で、住職の配偶者を指す)がもともと舞台役者で、結婚してしばらくしてから詩人・金子みすゞさんを題材にした演劇をお寺やホールで開催していて、それを観(み)たという方も少なくありませんでした。

その後に取得した中古の民家が冒頭のお寺です。たった14畳ですが、私にとっては大切な本堂です。行事の種類もおいでになる方も少しずつ増えていき、宗教法人として神奈川県庁から認可を受けたのは開所から13年後。地道な活動が認められた形ですが、「死の体験旅行」が時折メディアで取り上げられ、それが県庁職員の目に留まったことも功を奏していたようです。

「死の体験旅行」には、開始から約13年で5千を超える人が参加してくれています。これから6回にわたる連載では、参加した方々の声を紹介しながら、「明日が来ないとしたら?」と想像した時に何を思い、今の生活をどう受けとめていくのかを、皆さんと共に考えていきたいと思います。

プロフィル

うらかみ・てつや 1973年、東京都生まれ。浄土真宗・慈陽院なごみ庵住職。一般家庭に育ち、大学卒業後は民間企業に勤めた後、親戚の寺を手伝い僧侶となる。その後、借家の一室を改装して布教所を開き、13年をかけて宗教法人の認可を受ける。「自死・自殺に向き合う僧侶の会」共同代表。ワークショップ「死の体験旅行Ⓡ」主宰。

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