立正佼成会 庭野日鑛会長 5月の法話から
文明への警鐘
先ほど、ベンキ・ピヤコさま(第43回庭野平和賞受賞者)からごあいさつを頂戴(ちょうだい)いたしました。私たちが住んでおります、この地球の環境問題は大きな問題でありまして、文化、文明が発展してきましたけれども、人類は、言ってみれば、地球をだんだんと――“壊している”というと語弊がありますけれども、自分たちの文化、文明を発展させていく上で、どうしても大地、地球そのものを傷めているという、そんなことであります。本日おいでのピヤコ師のような方々が現れて、警鐘を鳴らしておられることは、本当に有り難いことであります。私たちもしっかりとそのことを踏まえて、日頃、生活をさせて頂かなければならないと、そのように思いました。
(5月15日)
在家仏教と衆生救済
私の恩師の坂本幸男先生(元立正大学学長)は、「われわれの日常生活がそのまま仏道修行であり、それが同時に仏作仏行(ぶっさぶつぎょう)、すなわち仏の衆生救済の活動である」と教えてくださっております。
これはどういうことかと言いますと、一般的な家庭で申しますならば、そこの父親であるご主人が働いて、一家の生活を成り立たせているわけでありますから、ご主人のそうした働きも仏の行ですね。そして、そこに奥さんがおられて、子どもさんがおられて、生活をしていく。それぞれ、子どもは子どもの立場、お父さん、お母さんは親の立場として生活をしている。そうした日常生活そのものが仏道修行であり、また衆生を救済していることになるのです。親が子どもを育てること、子ども同士が仲よくすること――そうしたことが、みんな衆生救済の活動になるのです。
仏道修行というと、私たちはとても難しいこと、大変なことのように思いがちですけれども、よくよくその意味するところを受け取らせて頂くと、本当に日々新たな気持ちで、一所懸命生きることに尽きるわけであります。人のことを「ああだ、こうだ」というよりは、まず自分自身が無我になって、人さまと共に歩むときは、人さまと共に歩む。また、一人のときは一人のときで、一所懸命、自分の仕事をさせて頂く。私たちの、在家仏教の本当の修行は、そこにあるのだと述べられており、本当に有り難いご指導を頂いているのです。開祖さまは若い頃、私たちがまだ幼い頃は、牛乳屋さんをして、一家を支えて修行をされていたわけであります。そうしたことが、仏としての一つの修行であったということができるわけであります。
(5月15日)





