「バチカンから見た世界」(166) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

3宗教間の融和なくして中東和平は実現できない(16)—イスラエルはなぜガザ地区を地獄、終末、人間恥辱の場としていくのか?—
イタリアの権威ある民間シンクタンクISPI(国際政治学研究所)は4月4日、「(イスラエルの)ネタニヤフ首相に対して、司法権からの(汚職、怠慢、司法権への攻撃などに関する)追及が強まれば強まるほど、中東でのイスラエル軍の攻撃が激化していく」との分析を明らかにした。同首相が自政権の延命のために、中東におけるイスラエル軍の軍事活動を激化させている、と非難する。イスラエル軍がパレスチナ・ガザ地区での戦闘を再開したのみならず、レバノン、シリアに対する空爆を始めたからだ。特に、ガザ地区では7日、もう数少なくなった「炊き出し場」の一つが攻撃され、空腹を凌(しの)ぐために列をつくっていた女性や子どもなど30人が殺害された。
「バチカンニュース」は8日、「イスラエル軍が空爆によってガザ地区のより弱き者たちを攻撃している」と非難。ガザ地区ではここ1週間の死者および負傷者が約1000人に上り、「イスラエル軍による1カ月以上にわたる救援物資搬入の禁止令によって、飢餓に苦しむ子どもなど220万人のパレスチナ人の生存が脅かされている」と伝えた。赤十字国際委員会(ICRC)のミリアナ・スポリアリッチ総裁は11日、ガザ地区の状況を人道的に見て「地上の地獄」だと表現し、同委員会職員たちの身の安全に関する強い懸念を示した。ラテン典礼エルサレム総大司教であるピエルバッティスタ・ピッツァバッラ枢機卿は、ガザ地区の状況を「人間の尊厳、それも220万人に及ぶ人々の尊厳への配慮が全く無視されている」と糾弾した。「全てのパレスチナ人をテロ実行者や犯罪者として扱うことはできない」とも戒めた。
国連のグテーレス事務総長は昨年末、ガザ地区で手足を失った子どもが驚くほど多いことに悲しみを深め、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)のフィリップ・ラッザリーニ代表は4月8日、「ガザ戦争が、人間生命に対する完全なる蔑視の下に展開され」「イスラエルが全パレスチナ住民の生存を否定している」(ANSA通信=イタリア)と糾弾した。「パレスチナ住民が、また、包囲され、爆撃され、離散させられ、飢餓に苦しんでいる。犠牲者の内には、子ども、人道支援従事者、医師、救援活動者、新聞記者たちがいる」と強調し、世界の政治指導者たちに対して、「国際人道法の定める基本原則の遵守(じゅんしゅ)」のために努力するよう促す。そして、ラッザリーニ代表は、「民間人を擁護し、救援活動を容易にし、全ての人質を解放し、停戦を実現していくように」と訴えている。
ガザ地区での人道・医療状況の悪化に追い打ちをかけるように13日、イスラエル軍は同地区北部のバプティスト病院をミサイル攻撃し、機能停止に追い込んだ。イスラエル軍は、同病院内にハマスの司令部があったと主張し、攻撃を正当化した。イスラエル軍によるガザ地区の病院への攻撃は、常にこの理由によって正当化され、国際人道法違反ではないと主張されてきた。エルサレムの英国国教会が経営する同病院への攻撃は、2023年のガザ戦争の勃発以来、5度目だ。英国国教会のエルサレム大主教区は、各国政府に対して、イスラエルが医療・人道機関を攻撃しないよう圧力をかけることを要請した。英国国教会の属する「世界教会協議会」(WCC)のジェリー・ピレー総幹事も13日、声明文を公表し、「病院は絶対に攻撃の標的にされてはならない」「国際共同体が、一般市民を擁護し、国際法の遵守を謳(うた)いながら、この残忍な戦争に終止符を打つための行動を起こすように」とアピールした。
だが、政権の延命を図るために、ユダヤ教極右勢力からの支持を失うことのできないネタニヤフ首相は、彼らの主張するイスラーム組織ハマスの壊滅とガザ地区攻撃の継続を受け入れ、独走している。イスラエル国内では、首都テルアビブを中心に「人質の解放とガザ地区での停戦」を主張する抗議デモが続いている。ガザ地区でも、イスラエルの報復を生むハマスのイスラエル攻撃に反対するパレスチナ人市民による抗議デモが展開されるようになった。
イスラエルのオルメルト元首相は、「バチカンニュース」が4月3日付で掲載したインタビュー記事の中で、「イスラエルが建国(1948年)以来、最大の危機に遭遇している」とコメントした。その危機は、「世界的な現象である分断の一部かも知れないが、イスラエルでは、ネタニヤフ首相と同政権を構成するユダヤ教極右政党によって扇動された分断の結果である」のだという。「ユダヤの力」のイタマル・ベン・グヴィル国家治安相や「宗教シオニスト党」のベザレル・スモトリッチ前財務相(3月31日に辞任)の「傲慢(ごうまん)で恐喝的な発言」に、オルメルト元首相は「深い恥辱を覚える」と話した。