バチカンから見た世界(163) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)
3宗教間の融和なくして中東和平は実現できない(12)―ハマスはパレスチナ人の「抵抗理念」であり軍事力で壊滅できない―
イスラエルのネタニヤフ首相は10月17日、パレスチナ自治区で戦闘を続けるイスラーム組織ハマスの最高指導者であるヤヒヤ・シンワル氏の殺害を明かした。同氏は、昨年10月7日のハマスによるイスラエル奇襲攻撃の首謀者といわれる人物だ。ネタニヤフ首相は、今年7月に暗殺したハマスの前最高指導者イスマイル・ハニヤ氏を含めて、彼らの死が「ハマスの衰退を告げる重要な節目」と成果を誇示した。
ネタニヤフ政権は、イスラエルを攻撃するハマスや、レバノンのイスラーム・シーア派政治・武装組織ヒズボラの指導者たちを「国家の実行する暗殺計画」で次々と殺害し、両組織の壊滅を目指している。ハマスに拉致されている人質の問題、両組織との停戦を巡り、国内世論が真っ二つに割れ、政権の退陣を求める抗議運動が続く中、「外敵」に攻撃を仕掛けることで、国民の一致と政権の延命を図る意向も見え隠れする。
だが、イスラエル軍のハガリ報道官は今年6月、「ハマスは、パレスチナ人の心に根を張る『(抵抗の)理念』であり、その壊滅は(軍事力で)達成不可能だ」と発言し、異例の政権批判を行った。また、同国政府が、「ハマスに代わるガザ地区の行政主体を見いださなければ、再びハマスが戻ってくる」とも警告した。大量のパレスチナ市民を犠牲にして展開されるガザ侵攻が、膨大な破壊と悲惨な人道危機を生み出している状況下で、パレスチナ人の「抵抗理念」は強まるばかりだ。
彼らの「抵抗理念」は、1948年のイスラエル建国とパレスチナ人の追放(ナクバ=大惨事)に端を発し、その後のイスラエルによる抑圧政策に耐える中で培われてきた。イスラエルの平和運動家であるヨナタン・ゼルゲン氏も、「ハマスを壊滅させることはできない。なぜなら、ハマスは(パレスチナ人の)抵抗理念だからだ。私たちの精神性と、取り巻く現実を変えない限り、ハマスのメンバーを何人殺しても、より多くのメンバーが再び現れる」と主張する。さらに、イスラエル政府が、国際法違反とされる「パレスチナ自治区へのユダヤ人入植政策」などを続行するなら、昨年10月7日のような攻撃が再現されるとも警告した。