バチカンから見た世界(67) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

イスラエルの総人口約880万人のうち、少数派のアラブ系イスラエル人は2割を占める。法的には、彼らはユダヤ人と同じ権利を有している。パレスチナ自治政府のハムダッラー首相はユダヤ人国家法に対し、「(中東和平の解決策であるイスラエルとパレスチナの)2国家原則を閉じ込めた棺(ひつぎ)に打たれた最後の釘(くぎ)」「アラブ・パレスチナのアイデンティティーを否定する試み」と強く非難した。

だが、同法に抗議しているのは、イスラエルの建国以前から同地に住み続けてきたパレスチナ人だけではなく、聖地エルサレムをはじめ世界のキリスト教諸教会も一斉に非難の声を上げた。聖地のラテン系カトリック教会大司教区は、同法が先住民(パレスチナ人)や他の少数派住民の権利を保障することなく、「パレスチナ人であるイスラエル市民が完全に無視されている」との声明文を発表し、抗議した。

また、「この差別法」が、国連によるパレスチナ分割案(第181号決議)とイスラエルの独立宣言、そして、「差別のあるところに人間の尊厳性はない」として1995年にイスラエル議会が採択した「人間の尊厳性と自由」に関する基本法に反すると指摘。「一国家の市民間における基本的平等を信じる全てのイスラエル国民に対して、反対の意思を表明するように」と呼び掛けている。

ヨルダンと聖地のルーテル派福音教会も声明文を発表。この中で、「150万人のアラブ系のイスラエル国民を意図的に排除し、また、他の宗教グループに属する市民や居住者ではあるものの、イスラエル社会に大きな貢献を果たしている人々をも無視するもの」と非難した。ギリシャ正教会のエルサレム総主教であるセオフィロス三世は、ユダヤ人国家法が、イスラエルの建国以前からこの地で生活してきたキリスト教徒とイスラーム教徒を考慮することなく、「人種差別を制度化し、平等への希望を遠くに追いやるもの」と批判した。

世界教会協議会(WCC)のオラフ・フィクセ・トゥヴェイト総幹事は8月3日に発表した声明文の中で、「3宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラーム)に共通の聖地、聖域であるエルサレム問題」に言及。エルサレムは、分かち合いの聖都でなければならず、他の信仰や民族を排除して、一宗教、一民族の専有とされるべき性格のものではないと強調し、「エルサレムは、3宗教と2民族の聖都であり、今後もそうあり続けねばならない」と訴えた。