バチカンから見た世界(53) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

また、「貧者の選択」を自らも実践する教皇フランシスコは、歴代教皇が生活拠点にした使徒宮殿には住まずに、枢機卿やバチカンを訪問する聖職者の寄宿舎である「聖マルタの家」を居所とする。歴代教皇の使ったベンツには乗らず、国内外の移動は、フィアットやフォードの大衆車だ。外国訪問中に、教皇の乗る小さな大衆車が、豪華で巨大な政府関係者の車や護衛車に囲まれて移動するという、珍妙な光景を目にするようになった。自身のかばんを自らが持って旅行する教皇の姿に、信徒たちはほほ笑む。何の予告も、護衛の付き添いもなく、大衆車に乗ってローマ市内の靴店や眼鏡店にフラリと現れ、市民を驚かせる。貧者や、より弱く、より恵まれない人々を権力から擁護する教皇フランシスコは、この視点から、バチカン諸機関(ローマンクリア)の改革を進めている。

バチカン銀行が世界経済のひずみ(例えば、汚職や資金洗浄)を助長するような経営をしないように変革した。また、内部で権力闘争を繰り返してきた他のバチカン諸機関が姿勢を改め、世界各地の地理的、社会的に厳しい条件の下にある人々の元へ出掛けていくカトリック教会の支援機関となれるように、選出された9人の枢機卿の助けを得ながら、簡素化を図る改革を強力に推進している。新枢機卿の任命に関しても、これまでに全く枢機卿を輩出することのなかった世界の小国や開発途上国(例えば、アジアではバングラデシュやミャンマー)から司教や大司教を任命することが増えている。

しかし、バチカン内には、こうした教皇フランシスコの改革路線に反対、あるいは、敵対する聖職者の勢力が今も存在する。彼らは、教皇に不利となるようなニュース、あるいは、機密情報を匿名でメディアに流すといった、いわゆる、「バチカンリークス」の手段で教皇の足を引っ張ろうとするが、名誉教皇ベネディクト十六世は3月12日、こうしたフェイクニュースや両教皇間における不仲説を否定する声明を公表し、教皇フランシスコを擁護した。

一方、バチカンの改革や世界のカトリック教会内部における意識変革を図る教皇フランシスコを最も苦悩させているのが、世界各地のカトリック教会から噴出している聖職者による児童性愛の問題だ。バチカン諸機関内に「児童擁護委員会」を新設し、この問題に対処しているが、多くの国で児童への虐待を犯した聖職者たちが、地方裁判所から訴追されている。児童性愛問題の発覚した国を訪問した時には、必ず、その犠牲者たちと会い、彼らと共に涙を流す教皇。バチカンにいても定期的に犠牲者たちと会い、彼らの悲痛な体験と心情に耳を傾け、彼らを励ましている。

フランシスコという名に秘められた力を拠りどころとする教皇の、バチカンと世界のカトリック教会改革への闘いが、6年目に入った。