栄福の時代を目指して(18) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

国辱批判と、国民の不可避の犠牲――イランからの友好的提案
それでも、喜々として訪米した高市首相は、到着するとトランプ大統領に抱きつき、テレビの前で「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけ」と述べて、「媚(こ)びを売った」「へつらいの極み」「国辱そのものだ」というような批判が巻き起こった。戦争を引き起こした張本人に対してだからである。アメリカの誤爆によって亡くなった女子小学校生ら175人以上も含め、戦争によって亡くなっている多くの無辜(むこ)の人々には、確かに何の配慮も感じられない。さらに、ホワイトハウスから、首相が歓喜して乱舞する異様な映像が公開され、見る人の目を疑わせた。
そして、次世代原発の小型モジュール炉や天然ガス発電施設の建設に計11兆円を投資し、アラスカ産原油の増産などのためのプロジェクトも共同文書に記された。昨年のトランプ・高市会談で、高関税回避のために合意した約87兆円の第2弾だ。国民1人あたり(労働力人口約6900万人で計算)は全体で約126万円、今回は約16万円に相当することになる。これだけのお金をアメリカのために使うわけだ。もちろんその分は、増税やインフレ、支出削減などの形で日本人一人ひとりが負担することになる。
アラスカ関連の支出は、原油を得るためとしているが、実際には、原油を増産して届くのは2020年代後半だし、これから天然ガスなどの施設を建設して利用できるためには10年単位の時間がかかる。今の国難回避には役立たないわけだ。
この金額は、結局は国民が負担することになる。戦後、もっとも深刻な事態において、判断能力が疑われる首相に、直前に圧倒的多数の議席を衆議院で与えてしまった結果だ。たとえ天佑があってもこの犠牲までも回避することはできない。残念ながら、多数の投票による、因果応報が生じてしまうのである。
もともと日本はイランとの外交関係を樹立(1929年)して以来、一貫して友好関係を築いてきた。イランのアラグチ外相は駐日本大使だっただけに日本の事情を知悉(ちしつ)しており、親日派と見なされている。実際に「ホルムズ海峡は、敵国(アメリカ・イスラエル)とその同盟国を除いて開放されている」という見解を述べていた。逆に言えばアメリカの攻撃に加担しなければ通過を許可するということになる。
だから、おそらく日本が艦船派遣を断ったのを見届けて、共同通信のインタビューで「日本側との協議を経て日本関連船舶の通過を認める用意がある」と明らかにした(3月20日)。特例的な措置を認める理由として、歴史的友好関係を挙げて、「日本がこの侵略を終わらせ、この不当な戦争を完全に終結させる上で、建設的な役割を果たしてくれることを期待しています」と述べた。もちろんこれに応えて、国民のために日本政府はイランと協議を進め、ホルムズ海峡をタンカーが通過できるようにして石油の確保に努めるべきだ。私たちは、友好関係を維持してきた先人たちの努力に感謝しつつ、戦争終結に向けて最善を尽くすことが重要となる。イランやアラブ諸国との友好関係を活用して、アメリカ随従を避け、徳義共生の外交へと転換すべきなのである。
刻々と迫る生活の危機に無策な政府――危機打開への国民的な訴え
実際に、インド、パキスタン、トルコなどには、イランからのホルムズ海峡を通航するための許可が何らかの形で出て、通過し始めた国もあり、韓国も交渉中だ。ところが、茂木敏充外相はイランとの個別交渉を「いまのところそこまで考えていない」(3月22日)と述べて、1週間が経っても日本政府は交渉を行おうとしていない。トランプに追従して交渉を避けているという観測がもっぱらだ。「イラン攻撃後、側近から高市首相に“特使をテヘランに派遣して最高指導者に親書を手渡したらどうか”という提案がなされましたが、まったく聞く耳を持たなかったそうです」(官邸関係者)と報道されている。高市首相は訪米前にも、中東諸国の駐日大使たちとの面会、在京イスラム諸国外交団との夕食会も、体調を理由にキャンセルしてしまっている(3月12日)。
戦争が長期化すると、世界的なエネルギー危機が起こる。その時、このような消極的態度の被害を受けるのは、他ならぬ国民だ。すでに韓国ではシャワーの時間短縮、掃除機週末利用などの節約が呼びかけられ、非常事態宣言を出したフィリピンや、スリランカでは公務員週4人勤務制となり、タイでも公務員に在宅勤務、階段使用、半袖シャツ着用などの指示が出たという。
日本政府は、石油備蓄がある(3月23日時点で239日分)として、ガソリン高騰への対策として補助金を拡充したが、用意されている金額が約2カ月強で枯渇するという試算(野村総合研究所)がある。財政悪化が円安とインフレの昂進(こうしん)を招く危険も心配だ。しかも、備蓄の放出を始める一方で、実際には備蓄は半分以下ではないかという指摘がある。夏にも危機的事態になりかねないわけだ。他方で、ペルシャ湾内では日本関係の船舶45隻も留め置かれており、一般社団法人日本船主協会から政府への対策要請が行われた(3月23日)。
それにもかかわらず、政府はイランとの交渉に積極的に動こうとしていない。この無策と怠慢は、全て高市首相自身に責任がある。このまま進むとLNG(液化天然ガス)や石油が枯渇し、ナフサや電気、日用品、食料などの物価が上昇したり品不足になったりして、入手・利用ができなくなってしまう。人々が生活難に見舞われ、医療用品がなくなると患者には生命の危機すら生じかねないのである。
本来は、側近からの前述の提案のように、最悪の事態に備えてすぐに行動すべきだった。国民に注意を喚起して節約を呼びかけつつ、アメリカばかりに忖度(そんたく)して時間を空費しないで、一刻も早く、政府自らがイランと交渉すべきなのである。為政者は、何よりも国民の生活のために最善を尽くさなければならない。危機時には率先して、果敢に行動すべきだ。それができないようなら、首相の任に堪え得ない。
かつて、第4次中東戦争による第1次石油ショック(1973年)の際、田中角栄首相は、ニクソン政権のヘンリー・キッシンジャー国務長官が来日して中東からの石油輸入を止めるように迫ったのに対し、毅然(きぜん)として断ってアラブ寄りの立場を取り、そこから日本は中東諸国の友好国となってきた。その遺産を生かせば人々は救われるのに、現政権はそれを自ら投げ捨てるような愚策をとっている。
与党内良識派にも政権に方針転換を迫る発言や行動を期待したいが、最終的には国民が自分たちの生活を守るために一人ひとりが声を上げるしかない。実際に、官邸前や日本各所で、政府に方針を変えるように訴えるデモは拡大しつつある。
一部の野党はすでに政府に要請しているが、人々の声と連帯し、野党相互に連携して、もっと鋭く行動を政府に要求すべきだ。「イランと交渉して人々の生活を守る気がないならば、退陣せよ」と激しく首相に迫るべきだろう。与野党を問わず、交渉を求める良識の火が燃えさかるところにこそ、この難局を乗り越える希望が現れるのである。





