栄福の時代を目指して(18) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

画・国井 節
イラン先制攻撃による不法な戦争
イスラエルとアメリカが、2月28日にイランに先制攻撃を行い、極めて深刻な戦争が始まった。イランの宗教的な最高指導者アリー・ハメネイ師や政治家・軍人などの高官、要人たちが殺害されたのである。イラク戦争の時ですら「大量破壊兵器」(核兵器)製造に関する査察の結果や国連安全保障理事会決議という理由をアメリカは掲げていたのに、今回、トランプ大統領は核兵器開発やイランの攻撃準備について証拠すら示さず、いきなり攻撃してイランの体制転覆を呼びかけた。
イスラエルはもともと攻撃を望んでおり、トランプ大統領を抱き込んで戦争に引きずり込んだと広く推測されている。国家テロ対策センター所長(ジョー・ケント氏)すら「イランは差し迫った脅威ではなかった」とし、戦争の開始は「イスラエルとそのロビー活動の圧力」「偽情報のキャンペーン」によるものであり、この戦争を「良心に照らして支持することはできない」と表明して辞任した(3月17日)。さらにこの攻撃の背景には、トランプ大統領が、エプスタイン(少女らの性的人身売買などで起訴・自殺した富豪)事件に関与していたという疑惑から、国民の目を逸(そ)らすためという理由があるとも推測されている。もしこれが正しければ、動機からして根本的に邪悪だ。
つまり、これは大義なき戦争である。「差し迫った脅威」という証拠のない先制攻撃だから、国連憲章が禁じている武力行使にあたり、国際法違反に他ならない。中国、ロシアの他、イタリア、スペイン、スイス、フランス、カナダや、国連人権理事会や国連事務総長も、国際法違反としたり、この攻撃を厳しく批判したりしている。実は、イランとアメリカの外交交渉がジュネーブで進んでおり、イラン側が大きく歩み寄るような提案(ウラン濃縮度制限、濃縮の長期停止、核施設の査察受け入れ)をしていたため、「平和は手の届くところにあった」(仲介していたオマーンの外相)という。それにもかかわらず、交渉中に攻撃を行ったのだから、国際法違反という批判が激化するのは当然だ。
最高指導者を失ってもイランの体制は崩壊せず、むしろ団結を強めてすぐに反撃し、湾岸諸国の米軍基地をミサイルで壊滅させて、イスラエルの主要都市(テル・アビブ、エルサレム、ハイファなど)に苛烈な攻撃を続けている。イスラエルは報道管制を敷いているが、被害は甚大で、ベンヤミン・ネタニヤフ首相が生死不明とされたり、軍や政治家の高官や要人が次々と死亡したりしている。
そしてイランはホルムズ海峡封鎖を宣言したので、タンカーが通れなくなり、原油価格が跳ね上がった。ここを通過する石油に大きく依存している日本経済には大きな損害を与えかねないので、円安が進んだ。
ベネズエラ攻撃の時のような早期勝利を想定していたトランプ大統領は、戦況が思わしくないのでいら立ちを強め、ホルムズ海峡におけるタンカー通過のための護衛に艦隊を出すように、日本も含めて7カ国に要求した。
巨大な国難の昂進――参戦の危惧
高市早苗氏を総裁とする自民党を大勝させた日本には、前回で述べたように、さっそく巨大な国難が降りかかってきた。高市自民党は数の力で、衆院での予算案審議を2週間で打ち切って可決させた。野党の質問に対してしばしば、首相自身は答えずに大臣に答えさせ、予算委員会での審議時間は過去20年でもっとも短く、59時間だった。また武器(防衛装備品)輸出の原則解禁や国旗損壊罪法案提出を進めようとしており、国会の形骸化・専制化や、右傾化は案じた通りだ。
そこに戦争の影響が加わった。もともと積極財政政策による円安の進行が危惧されていたのだから、このまま進むとインフレが進行し、人々の生活苦も激化する。スペインを筆頭に不法な戦争への非難が上述のように世界中に広がっていったが、高市首相は、今に至るまで戦争の法的評価を避け続けており、イランの周辺国民間施設攻撃やホルムズ海峡封鎖だけを非難している。イランは、国連憲章(第51条)に基づく自衛権による反撃を主張しているわけだから、イラン側にだけ法的評価を行うのは一方的で筋が通らない。
安保法制においては、イスラエルとアメリカが開始した不法な戦争である上に、現状では「存立危機事態」と認定して集団的自衛権を行使する余地は法的に存在しない。「重要影響事態法」による自衛隊後方支援派遣にしても、戦闘が行われていないことが要件なので、自衛隊を戦地に派遣することはできない。
ところが、国会で繰り返し問われても、首相は「慎重に法的検討を行っている」などと述べて、自衛隊派遣を否定しようとしなかった。3月18日に訪米が予定されていたので、アメリカで自衛隊派遣に同意してしまうことが危惧された。そうなれば、経済的ダメージに加えて、まさしく戦後初めて日本が戦争に武力で参加することになりかねない。タンカーを護衛すれば、アメリカと同盟している敵国と見なされて、ミサイルが打ち込まれたり応戦したりすることがあり得るからだ。自衛隊員も死にかねない。平和国家に終止符が打たれて、取り返しのつかない歴史的過ちとなるところだった。
天佑
アメリカでは、危険が大きすぎるという理由でタンカーの護衛を軍が拒否していた。それなのに、勝手に不法な戦争を始めておいて危険な護衛を同盟国に強いるのは、どうみても道理がない。当然、ヨーロッパ諸国はスペイン、イタリア、フランスと次々に軍隊を出すことを拒否し、イギリスまでも消極的姿勢を示した。自民党内でも石破茂前首相は、日米首脳会談で法的根拠を確認すべきであり、国際法違反の疑いがあれば「法の支配」が揺らぐと牽制(けんせい)した。そこで政府内から法的ハードルが高いという趣旨の発言があり、国際的に報道されて、日本は自衛隊派遣をしないと受け取られた。
そして首相の訪米前日にトランプ大統領は、艦船派遣を拒否した国々を悪罵(あくば)しつつ「他国からの助けは必要ない。最初から必要なかった」と述べて、日本の支援も不要とした。それを受けて首相はようやく「できないことはできないとしっかり伝えるつもりだ」と述べて、訪米した。
日本参戦の回避を祈っていた筆者には、この展開は天佑(てんゆう)のように感じられた。ギリギリの瞬間に、自衛隊派遣の必要性がなくなったからだ。軍隊派遣を拒否した諸国の理性的判断のおかげだが、首相にまったく自制能力が期待できない以上、訪米して派遣を約束してきてしまったら、ほとんど日本だけがイスラエルとアメリカに加担して艦船を派遣するという暗黒の事態になりかねないところだった。
ともかく現時点では、およそ平和憲法の精神に反する国家になってしまうという悪夢を避けられたことは、この上なく喜ぶべきことだ。日本がアメリカの強引な要請を断ることができる大きな要因は、憲法に基づく法的制約にあるから、改めて平和憲法の意義を確認することが肝要である。





