食から見た現代(24) つながる居場所に 文・石井光太(作家)

ゆっくりは、現在月に1回のペースで開催されている。最初はバンビの会の関係者が主だったが、病院の医師からの紹介者の占める割合が増えてきた。
会の時間は、約2時間。大まかな流れは次だ。
まずメンバーが集まると、それぞれの近状を簡単に聞く。その後、「求められないアドバイスをしない」「ここで聞いた話は口外しない」「人の話を遮らない」などのルールを確認し、一人ずつ決められた時間で闘病体験や今の悩み事を打ち明ける。話したくない場合は聞くだけでもいい。それが終わると、この日上がった話題の中から「働くって何?」「自分軸と他人軸」などテーマを決めて、それについて集中的に話し合う。
林氏はその意図について話す。
「私自身の体験から言えるのですが、摂食障害の当事者って自分の問題を言語化できていないことが多いんです。それが過食や拒食のきっかけになってしまう。だから、当事者に限定して、安心感のある中で毎回少しずつ内面に抱えているものを言葉にしてもらっている。そうすれば問題をより具体的に自覚できるし、周りの意見を聞くことで別の捉え方が可能になるんです」
なぜ医師によるカウンセリングではなく、素人である当事者同士のコミュニティーが必要なのか。それは当事者だからこそ言葉にできることがあるからだ。
たとえば、摂食症の当事者は食べたものを細かくカロリー計算するなど特異な行動パターンを持っていることがあり、そこから生じる悩みは同じ経験をした者同士にしかわからないことが多い。
また、過食の場合、症状が進むと、抑えがたい衝動や精神的に追い詰められた状況から、大量の食糧品を求めて万引きに及んでしまい、そこからクレプトマニア(窃盗症)に陥ることもある。こうした話も、同様の経験のある人以外にはなかなか話しにくい。つまり、当事者グループという共感性の高いコミュニティーの中でこそ語れることがあるのだ。
林氏はつづける。
「摂食障害の根底には当事者が抱える不安があります。ただ、その不安がどこから来ているかは人によって違う。私のように生まれ育った家庭の問題や学生時代の人間関係が発端になっているケースもあれば、社会に出てから起きた出来事が原因になっているケースもある。若い人でネットの情報に惑わされて摂食障害になった子であっても、それ以前に何かの不安があったから、そうなるということがほとんどです。
また、最近多いと感じるのは、発達障害ですね。発達障害からくる生きづらさが原因になっていたり、感覚過敏や偏食といった症状が原因になっていたりします。月によっては、今月は発達障害の子が多いとか、その次の月は家庭の問題を抱える子が多いといったこともあるんです」
対話を通した回復の取り組みとはいえ、同じ原因の者同士でしかわかり合えないというわけではない。原因が違うからこそ、相手の悩み事を客観視し、別の角度から冷静な意見を伝えられることもある。それが参加者の回復を早めるのである。
現在、ゆっくりは活動の変革期にある。
全国にも摂食症当事者の自助グループはあったが、コロナ禍をきっかけにオンラインコミュニティーへの移行や誕生が増えているのだ。家族会も同様で、オンライン開催を望む声も出てきている。
これに伴い、林氏もゆっくりの活動や家族会とのかかわりを見直しつつあるという。
「来年度から、ゆっくりでもオンラインと対面を交互にやろうと思っています。また、老舗の家族会のバンビの会が解散することになったので、そこから分かれて結成された別の家族会『こぶしの会』とうちが一緒になって活動することにもしました。
オンラインには、全国の当事者と気軽に接することができる利点があります。特に若い子はこちらを選ぶ傾向があります。一方で、深刻な悩みは顔の見える関係の中で話したいと思う人もいる。ニーズが多様化した以上、私たちもいろんなやり方を試してみて、最善の方法を模索したいと思っています」
コミュニケーション・ツールが増えたことで、自助グループのつながりもそれに合わせていく必要が出てきているのだ。
ただし、林氏が大切にしているのは、最終的に摂食症の当事者が社会につながるきっかけをつくることだ。
林氏自身、摂食症に悩んでいた時は、過食や拒食といった行為が社会から距離を置く手段になっていた。前述のように、やせれば働かずに家にひきこもっていられる、人と接しなくてもいい。そんな思いの中で孤立を深めていたのである。

その体験があるからこそ、林氏は当事者には社会とのつながりが必要だと確信している。そこで自助グループの活動とは別に行っているのが、2023年からスタートした「めぐるカフェ」の事業だ。
複数の児童クラブを運営するワーカーズコープ福井事務所の建物1階を借り、誰もが参加できるカフェの運営を月に3回ほど行っているのだ。摂食症当事者の他に、当事者の家族、不登校の人、障害のある人、生活困窮している人、行政の職員、福祉関係者、教育関係者、活動に関心を持つ人などが集い、一杯300円のお茶を飲みながら交流する。
興味深いのは、めぐるカフェには「めぐるチケット」と呼ばれるシステムを用意していることだ。困難を抱える人は経済的に余裕のない人も多く、300円の支払いがネックになって来られないこともある。そのため、余裕のある人が、600円でめぐるチケットを購入し、その日の自分の代金と、次に来る人の代金を支払うのだ。
これは、近年「ペイフォワード」と呼ばれるボランティア的な仕組みだ。めぐるチケットを使用した人は、チケットの裏にメッセージを記すことで、感謝を示すこともできる。
林氏は話す。
「摂食障害は、精神疾患の中でも死亡率が非常に高い病気です。栄養失調で亡くなるだけでなく、それが原因で何かしらの病気になったり、精神的に追い詰められて自ら命を絶ったりすることがあります。摂食障害の低年齢化とは、若い子がそういうリスクを抱えるようになっているということなのです。
こういう人たちが楽になるには、人とつながれる空間があり、そこで自分の悩みを言語化し、社会へと目を向けていくことが大切です。そうした場を頼りたいという人がいる以上、私はこの活動をつづけたいと考えています」
自分が抱えている困難を言語化して客観視し、社会との接点を持つことの重要性は、摂食症以外の別の生きづらさを抱える人たちにも共通する。
そういう意味では、林氏が目指す大きなコミュニティーのあり方は、今の社会が進むべき一つの道を示しているといえるだろう。
(自助グループ団体「ゆっくり」の主な活動についてはInstagramをご覧ください)
プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『遺体』『浮浪児1945-』『蛍の森』『43回の殺意』『近親殺人』(新潮社)、『物乞う仏陀』『アジアにこぼれた涙』『本当の貧困の話をしよう』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』(文藝春秋)など多数。その他、『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。』(ポプラ社)、『みんなのチャンス』(少年写真新聞社)など児童書も数多く手掛けている。最新刊に『傷つけ合う子どもたち 大人の知らない、加害と被害』(CEメディアハウス)。





