食から見た現代(9) 祖国の手の味(ソンマッ)  文・石井光太(作家)

今、日本の朝鮮学校は、かつてないほどの厳しい現実に直面している。全国的に児童・生徒数の減少に歯止めがかからず、統合や廃校が進んでいるのだ。

千葉朝鮮初中級学校も例外ではない。全盛期には400名以上いた子どもたちが、現在は35名にまで減っている。内訳としては、小学生が21名、中学生が14名。1クラスあたり3~6名で、もっとも少ない学年では1名だ。

康校長は語る。

「朝鮮学校で児童・生徒が減っている要因はいくつかあります。まず少子化ですね。在日の子も昔と比べてかなり減っています。また、朝鮮学校は学費がかかるので、経済的な理由から通学を断念するご家庭もあります。さらに通学時間の問題もあります。昔は学生寮がありましたが、今は廃止されたので、学校の近辺に家がなければ、電車を乗り継いで遠方から通わなければならないのです。朝鮮学校に対する国や自治体からの補助金不支給、マスコミや報道によるヘイトは児童・生徒減少の大きな要因になっています」

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朝鮮学校は自主運営なので、支援者からの援助だけでは運営費を賄いきれない。そのため、児童・生徒は給食費、資料代、身体検査の費用などとして1カ月につき3万円から4万円を納めなくてはならない。子どもが3人いれば、これだけで年間に108万円以上144万円。決して安くない金額だ。

また、千葉には朝鮮学校が1カ所しかないため、郊外に住んでいる子は電車を乗り継いで1時間くらいかけて通学しなければならない。親にしてみれば、小学校低学年の子にそれを強いるのはためらわれるだろう。

卒業後のこともある。中学を卒業した後は、県内に朝鮮人学校の高等部がないため、東京都北区にある東京朝鮮中高級学校へ進学するのが一般的だ。こうなると、通学時間がさらに1時間以上も長くなる子も出てくる。

こうした諸々の事情を踏まえると、朝鮮学校へ通学させることを断念する親が増えるのも必然だろう。そもそも三世、四世として生まれた子どもたちは日本語の方が圧倒的に得意なのだ。それなら、経済面、時間面、安全面を踏まえて、日本の学校へ通わせた方がいいと考えるのである。

康校長の言葉である。

「うちの学校に通わせる保護者の多くが、朝鮮学校の卒業生です。保護者は朝鮮学校に通ったことで自らのアイデンティティーを誇れるようになった経験があったり、学校の方針、たとえば『一人はみんなのために、みんなは一人のために』といった集団主義に感銘を受けたりした経験があります。だからこそ、多少の負担は承知でも、自分の子どもたちに民族教育を通じて立派な朝鮮人としての自己を確立し、在日朝鮮人として堂々と胸を張って生きていける人材に育てていきたいと朝鮮学校を選んでくれるのです」

海外在住の日本人が現地の日本人学校へ通わせたいと考えるように、彼らが自分たちの子を朝鮮学校へ通わせたいと思うのは自然のことだ。そしてそういう選択をする親がいる限り、朝鮮学校は存在する必要がある。

今後は、どのように学校を維持していくのか。

一つの試みとして行っているのが、理事会主導の食品販売だ。月一回の、キムチ、チャンジャ、冷麺、カクテギといった朝鮮料理の販売を手掛けているのである。学校で購入することもできるし、通販で取り寄せることもでき、売り上げの一部が学校の運営費に充てられることになる。

今後は、朝鮮学校から日本社会に朝鮮料理を広めるようなことも進んでいくのかもしれない。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『遺体』『浮浪児1945-』『蛍の森』『43回の殺意』『近親殺人』(新潮社)、『物乞う仏陀』『アジアにこぼれた涙』『本当の貧困の話をしよう』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』(文藝春秋)など多数。その他、『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。』(ポプラ社)、『みんなのチャンス』(少年写真新聞社)など児童書も数多く手掛けている。最新刊に『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(新潮社)。

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