利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(56) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

政治的選択の基準

第一は、政治家や政党を倫理的観点から判断することだ。政治的腐敗に加担していないかどうか、現下の喫緊の課題である政治的浄化を期待できるかどうか、政治における公正や正義の実現を託せるかどうか。

第二は、近年の政治の実績について判断することだ。新政権は始動早々に選挙を行うわけだから、政治的審判を下すべき対象は過去2代の政権ということになる。前首相が政治の前景から退いた以上、前回の総選挙(2017年)の際の政権、つまり安倍政権以来の政治を総体として判断するべきだろう。

第三は、政治的選択をする際に、前述の倫理的問題と共に、政治経済の政策の可否も当然問われる。改憲問題や平和問題、そして経済政策や福祉政策だ。自民党総裁選で岸田氏は、「成長と分配の好循環」による「新しい資本主義」の実現を掲げた。市場経済を優先して弱者の切り捨てを厭(いと)わないネオ・リベラリズム(リバタリアニズム)や、アベノミクス以来の金融政策を抜本的に転換するのならば、これには大きな意味がある。ところが、首相になった途端に次々と言葉を翻し、10月8日に「分配なくして次の成長なし」と発言した3日後には「成長なくして分配なし」とも言い出して、自民党公約からは金融所得課税による分配政策がなくなって令和版所得倍増もなくなった。それに対して、立憲民主党・公約では「一億総中流社会の復活、分配なくして成長なし、時限的な所得税ゼロ(年収1000万円まで)と消費税5%減税、金融所得税課税、多様性」が掲げられた。このように、野党連合の側は、福祉や再分配の政策を明確に打ち出しているから、与野党の理念や政策の相違が再び鮮明になった。これは、健全な政党政治の再生のために喜ぶべきことだ。どちらを取るべきなのか、有権者はこの問いを正面から考えて投票すべきだろう。

第四は、やはりコロナ対策の当否と今度の政策が審判の対象となる。罪なき死者を悼むがゆえに、感染拡大と医療崩壊を招いた政策の責任こそ、問われなければならない。第5波が退いた今こそ、大量検査などの施策を行って第6波以降の襲来を回避すべき最大のチャンスである。そのための政策を行っているかどうか、提唱しているかどうか。岸田氏は自民党総裁選で「岸田4本柱」(医療難民ゼロ、ステイホーム可能な経済対策、ワクチンパスポート活用・検査の無料化拡充・感染症有事対応の抜本的強化)を主張した。首相所信表明演説でも、給付金や危機管理の強化を表明したが、自民党公約では健康危機管理庁設立はなくなり、早くも大きく変質した。

もっとも、野党第一党の立憲民主党も、コロナ問題についてはPCR検査体制確立や低所得者への年額12万円現金給付、医療支援、保健所機能強化などを公約に掲げたが、検査無料化・大規模検査や法制度・検査態勢の改革は提示しておらず、迫力を欠く。この点で政権と異なったビジョンと政策を国民に明確に示せなければ、野党第一党としての見識や力量が疑われる。もし第6波が生じて人命の度重なる犠牲を招くならば、野党第一党の訴え方にも責任の一端が問われざるを得ないだろう。

理想主義的現実主義

とはいえ、政治においては、理想そのものではなくても、次善の選択が必要なことが多い。特に小選挙区における投票は、候補者の中から選ばざるを得ない。主要野党は統一候補の実現を目指して調整を行いつつあるから、野党支持者には自分が支持する政党の候補が選挙区にいないことも少なくはないだろう。

公共哲学が提起している「理想主義的現実主義」という概念は、このような時にも役立つ。理想をそのまま硬直的に主張し続ける(理想主義的理想主義)ばかりではなく、現実的に可能な選択肢の中から理想をなるべく実現するための方策を実行するという考え方である。たとえば、小選挙区において自分がもっとも支持する候補者は当選しないことが確実な場合には、死票となることを避けるために、当選圏内にある次善の候補者に投票するという方法(戦略的投票)もその一つだ。他方で、比例代表ブロックにおいては死票のおそれは少ないから、自分がもっとも支持する政党に投票する人が多いだろう。

選挙は、私たちの運命を左右する最重要な公共的行為だ。よって、一票の行使といえども、情報を可能な限り収集し、状況を正しく見て、知恵を尽くして正しく考え、正しく行動することに努めなければならない。より多くの人々がそうすることによって国家が危地から脱し、少しでも人々の運命が改善することを願いたい。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。

【あわせて読みたい――関連記事】
利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割