リレーエッセイ「声なき“生きづらさ”に寄り添う」3-(1)(映画監督 今村彩子)

保育園の保護者たちと談笑(筆者提供)
「勇気を出して声にしたら」
映画監督 今村彩子
3歳のきこえる息子がいるわたしは毎日、保育園の送迎をしています。
ある朝、園の前に親子たちの塊(かたまり)が見えました。わたしが片手を上げると、女の子が両手の人差し指を曲げました。「こんにちは」という手話です。以前、絵本でその手話を見て、覚えたのだそうです。わたしも、とびっきりの笑顔で両手の人差し指を曲げました。
保育園へ迎えに行くと、部屋の入り口で遊んでいた息子が、わたしの姿を認めて駆けてきました。毎度のことですが、はじけんばかりの笑顔でとびついてくるたび、ほおが緩みます。
その時、息子と同じクラスの男の子2人が部屋を出ました。「一緒に帰りたいー」と、息子は慌ててリュックを背負い、追いかけます。
保育園の横に広がる草やぶに2人の頭を見つけた息子は、両手を口に当てて叫びました。でも、わたしは耳がきこえないため、何と言ったのか分かりません。隣にいた2人の保護者に尋ねました。
「何て言ったの?」
答えが同時に返ってきました。
「『帰ってきて~』って言ってる」
こういうふうに保護者たちがわたしに教えてくれるようになった背景には、園長の存在があります。
先日、園長との面談で、息子が友達とけんかになった時のことについて話しました。わたしは状況が分からないので、「他の保護者がいたら一歩下がって見守り、後で何があったのか教えてもらいたいと考えている」と伝えました。園長は親身になって聞いてくれ、「保護者のグループLINEで伝えてみてはどうか」と提案してくれたのです。そこで私が送信した内容の一部を紹介します。
◇
わたしは、両耳が全くきこえない状態で生まれました。普段は補聴器を着けているので、音や声がするかどうかは、ある程度分かります。
でも、補聴器だけでは、何の音なのか、どのような会話をしているのかまでは分かりません。そのため、会話をする時は、口の動きを読み取っています。
このことを読話(どくわ)といいます。かなり集中力が必要な作業で15分が限度ともいわれています。また、相手の話し方が早かったり、口の動きが小さかったりすると読み取るのが難しくなります。
保育園の送迎時、息子が友達や職員と楽しそうに話していることもあります。
しかし、わたしにはその会話が分からず、あいまいな笑顔でやり過ごしています。
でも、本当のことを言うと、ちょっとでも内容を共有できたらうれしいなあ、と思っています。
これまでは遠慮して「何を話しているの?」と聞けずにいました。でも、これからは勇気を出して聞こうと思うので、もしよければ、内容を教えてもらえるとうれしいです。
話す時は、手ぶり身ぶりをつけたり、ゆっくり話したり、手のひらや紙に書いたりしていただけると、とっても助かります。
「〇〇の手話はどうやるの~?」という質問も大歓迎! どしどし聞いてください。
親子共々、どうぞよろしくお願いいたします。
◇
想(おも)いを伝えた日の夕方から、周りの保護者たちの対応が変わり、息子とのやりとりをわたしに教えてくれるようになりました。
それまでは、まるで外国の保育園へ迎えに行くような感覚でした。でも、この日はよろいをまとわず、心からリラックスしている自分に気づきました。
次回は立場が逆転し、ろう者がマジョリティーとなった経験を綴(つづ)ります。
プロフィル

いまむら・あやこ
名古屋市生まれ。愛知県立豊橋聾学校高等部を経て、愛知教育大学教育学部卒業後、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校で映画制作を学ぶ。『友達やめた。』『きこえなかったあの日』など多数の映画を手がける。著書に『スタートラインに続く日々』(桜山社)。現在、ろう・難聴の子ども向けの映画『どうする松本くん!』を制作中。





