食から見た現代(11) 付き添いベッドで食べるディナー〈後編〉  文・石井光太(作家)

入院する子どもに付き添う家族を支えたいと、さまざまな支援事業を展開するキープ・ママ・スマイリング(写真は全て同団体提供)

銀座の歌舞伎座の近くにオフィスを構える認定NPO法人「キープ・ママ・スマイリング」。前回は、ここが行っている子どもの入院に付き添う親へ送る「付き添い生活応援パック」の取り組みを見てきたが、今回はもう一つの中心的なプロジェクトである「ミールdeスマイリング」について紹介したい。

子どもが病気になって長期入院しなければならなくなれば、親は24時間傍らに寄り添って面倒を見ることになる。親によってはほぼずっと泊まり込みで、家に帰るのは週に数時間だけ。着替えを持って帰ったり、振り込み等をしたりする時だけということもある。だが、親にとって病院での生活は容易なものではない。

食事だけ見てもそうだ。病院の食事は患者用のものであり、付き添い者は想定されていない。仮に付き添い者用の献立があっても、ごく簡単な食事で700円以上かかるといったこともザラだ。そうなると外で購入した方が安上がりなのだが、院内にはコンビニくらいしかなく、種類が限られている上に値段も安くない。

理事長・光原ゆき氏(50歳)は話す。

「病院では、建前の上では親は付き添わないことになっているので必要なものがほとんど用意されていないのです。シャワールームすら、あったとしても有料だってことは珍しくありません。子どもが難病になれば、経済的に厳しくなるので、親は真っ先に食費を削る。冗談じゃなく、スティックパン1袋で1日をしのぐ人も珍しくないんです。これによって親の方が体調を崩す、精神的に不安になるといったことが起こるのです」

コンビニ食はから揚げやコロッケなど肉類は多いが、野菜類の選択肢が少ない。親はなんとか栄養バランスを摂(と)ろうと、野菜ジュースやおでんの大根などを頻繁に食べる傾向にあるという。それがもっとも安く手軽に入るビタミンなのだ。

光原氏自身、長女の入院に付き添った際に、こうした食生活が一因で体調を崩したことがあった。不規則な生活やストレスが祟(たた)り、1週間も熱が治まらずにベッドに伏すことになったのだ。ようやく回復したと思ったら、その間に長女が脱水症状を起こしていることが判明した。きちんと見守ってあげられなかったせいで起きたことだった。

こうした経験があっても、光原氏はなかなか食生活を改善できなかった。栄養バランスが悪くなることのデメリットはわかっていたが、長女のことを優先するあまり、自分の食事にまで気を配る余裕がなかったのである。その後に次女の入院生活がはじまっても、コンビニの食事に頼る生活は変わらなかった。

そんなある日、次女がICUに入ったことで、光原氏は久々に病院を出て、おばんざい屋に入った。そこで出された食事を口に運んだ時、でき立ての温かな食事に感動して涙が溢(あふ)れそうになった。炊いたばかりの白米や、作りたてのだし巻き卵を口にして、人間らしい生活にもどれたような気持ちになったのだ。

その後、立て続けに同店を訪れたところ、店主と言葉を交わす関係になった。光原氏が次女の入院に付き添っていることを話すと、店主は1個500円で病院へお弁当を配達すると言ってくれた。店主も、孫が入院した際に娘がずっと付き添いをしており、その大変さを知っていたのだ。光原氏は、自分だけでなく、他に付き添いをしている親にも声をかけ、配達を頼むことにした。

これが、光原氏が法人を立ち上げた際に、食事のサポートをすることを決めた要因の一つだった。《前編》で述べた「付き添い生活応援パック」と共に、主力プロジェクトの一つとなっている「ミールdeスマイリング」は、親にでき立ての美味しい食事を提供する取り組みである。

親に食事を出す方法は主に二つあり、一つが豪華なお弁当を作って小児病棟の親に届けるものだ。これであれば付き添いながら子どもと一緒に食べることができる。

「ドナルド・マクドナルド・ハウスせたがや」でミールプログラムを実施。「天ぷらやす田」銀座の店主・安田大吉さん監修の和食弁当を作った

二つ目が、ファミリーハウスで調理をして提供するものだ。大きな小児病院の近くには、「ファミリーハウス」と呼ばれる親の宿泊施設が非営利団体等によって設置されていることがある。スタッフがそこのキッチンを借りて食事を作り、病院からもどってきた親に出すのである。

光原氏は言う。

「うちの団体は、このプロジェクトからスタートしているんです。国立成育医療研究センター(東京都世田谷区)のそばに『ドナルド・マクドナルド・ハウスせたがや』というファミリーハウスがあります。そこの調理場を借りて食事を作るボランティア活動をやったのがはじまりなのです。それから今日に至るまで最低でも月に1度のペースで食事の提供を行っています。12月などクリスマスのようなイベントがある時期は回数も増えます」

プロジェクトで料理を作るのは、大人のボランティアたちだ。プロジェクトに共感した名高い一流の料理人がレシピを用意してくれるので、それを習いたい人たちがすぐに手を挙げて集まる。1人につき1品を作り、全部で40食分を用意する。ドナルド・マクドナルド・ハウスには23部屋あり、おおよそ40人くらいが滞在しているので、全員に出せるようにしているのだ。

また、8月にはこのプロジェクトを少し別の形で行っている。若い学生たちに呼びかけ、ドナルド・マクドナルド・ハウスに来てもらい、お菓子や食事のレシピを教えて作ってもらい、家族に提供しているのだ。参加者は、高校生、大学生、あるいは看護学生もいる。

光原氏は話す。

「現在、高校ではボランティア体験を重視していて、夏休みを利用してそれをしようとする高校生が結構いるんです。ボランティア活動は初めてという子が多いですが、料理のボランティアは、介護などと比べてハードルが低い上に、『美味しい』という反応がすぐに返ってくるので達成感を得やすい。難病の子どもや、その家族のことを知ってもらう意味でも、若い人に広げていきたいという気持ちがあります」