食から見た現代(7) モヤシと白米 文・石井光太(作家)

大恩寺で食事をする在日ベトナム人(写真は全てティック・タム・チー住職提供)

埼玉県本庄市に、ベトナム仏教寺院「大恩寺」がある。この寺の住職がティック・タム・チー(46歳)という尼僧だ。国内のベトナム人支援で知られた人である。

現在、日本には56万人を超すベトナム人が暮らしている。在留外国人としては、中国人に次いで二番目に多い。

こうしたベトナム人の中には、苦しい生活を余儀なくされている人が少なくない。

大きな要因の一つとしては、20万人にも上るベトナム人技能実習生の存在があるだろう。これは日本にいる技能実習生の半数以上を占める数である。

技能実習生は低賃金で厳しい労働環境にあることは知られているが、一部の人たちは就労先のブラック企業での待遇に耐えられず、逃げ出して不法滞在者、不法就労者になることもある。そういう者たちの生活は一段と悪い。

国内のベトナム人の貧困が浮き彫りになったのは、2020年に起きた新型コロナウイルスの感染拡大がきっかけだった。それまでは在日ベトナム人同士で助け合ってなんとか生活を成り立たせてきた人たちが、コロナ禍によって賃金の未払いが起きたり、失業したりするなどして、どん底に突き落とされたのだ。

このようなベトナム人の支援に乗り出したのが、タム・チー住職だった。彼女はすでにベトナム人支援の第一人者として知られた存在だった。彼女が仏教留学のために来日したのは、2001年。その後大学院に進んだ彼女は、2011年に東日本大震災に遭遇し、本格的に支援活動をはじめる。

そこから9年が経って日本を襲ったのが、新型コロナウイルスの感染拡大だった。タム・チー住職はこれまで築き上げたネットワークを活かし、食料から衣類まで様々な支援物資をかき集め、生活苦にあえぐ在日ベトナム人に送る活動をはじめた。2年ほどの間で、その数は6万人にも上ったそうだ。

今回、取材に応じてくれたタム・チー住職は、朝早くから寺の近くにある畑で農作業をしていた。ここで育てた野菜もまた支援に使うのだという。

彼女は言う。

「コロナ禍が落ちついた今も、日本中に生活に困っているベトナム人がたくさんいます。感覚的には、在日ベトナム人のうち3割くらいは、日々満足な食事をとれずにいます。うちのお寺で直接保護している人だけでも月に50人くらいになりますね。技能実習生が6割、留学生が3割、他が仮放免や不法滞在の人です。カンボジア人やミャンマー人が来ることもあります。

支援物資はいろんなところから集めています。仲の良いお寺さんや、地元のフードバンク、農協といったところからも支援物資が届きます。それをうちのお寺の信者や協力者に頼んで、全国の生活に困っているベトナム人に届けているのです。九州から北海道まで支援を行っています」

ベトナム人に人気のインスタントラーメン「ハオハオ」も支援物資として送られる

お寺に寄付として集まるのは、米、インスタントラーメン、油、味りんといった食材から、ティッシュペーパー、洗剤、衣類、食器といった日用品まで多岐にわたる。

食品の中で、ベトナム人に人気なのが、インスタントラーメン「ハオハオ」だ。エースコック社がベトナムで現地人向けに開発した商品で、ベトナムで大人気を博している。それが日本でも販売されており、支援物資として送られているのである。海外で生活に困窮した日本人が日清カップヌードルをもらうようなものだろう。

私がタム・チー住職にインタビューをしようとしたのは、在日ベトナム人の「死」について聞きたかったからだ。

実は数カ月前に、別の取材で千葉県の工場で働くベトナム人男性と話をしていた時、来日して二年で三人のベトナム人の死に遭遇したという話を聞いた。このベトナム人は二十代の後半であり、亡くなったベトナム人も同世代だったという。

死因は不明とのことだったが、普通に考えれば、簡単に病死するような年齢ではない。なぜ、こうしたことが起きているのか。私はそのことを確かめたかったのである。

タム・チー住職は私の話を聞いてから言った。

「日本で死んでいるベトナム人はたくさんいます。東日本大震災があった2011年から今(2023年)まで、私が知っているだけで500人以上になります。特にコロナ禍では多くて、2年くらいの間に100人が亡くなってしまいました。でも、これはうちのお寺に連絡があって対応した件数です。実際はそれ以上に多くのベトナム人が、この日本で死んでいるはずです」

コロナ禍で死者が増加したとはいえ、ほとんどの人は新型コロナウイルスで亡くなったわけではなかったという。

一体誰が、どうして日本で命を落としているのか。その質問に、タム・チー住職はこのように説明する。

「日本で亡くなるのは、20代か30代の若いベトナム人が主です。技能実習生、留学生、あとは不法滞在の人たちもいます。50歳以上の人たちは、全体の数パーセントにすぎません。死因として目立つのが、突然死、過労死、自殺、事故ですね。私の知る限り、がんなどの病気で亡くなる方はほとんどいません」

日本には1980年代以降に来日したインドシナ難民やその親族も多数暮らしており、決して中高年層のベトナム人がいないわけではない。にもかかわらず、日本で亡くなるベトナム人の9割以上が20~30代というのは、あまりに異常な状況といわざるをえない。

タム・チー住職はつづける。

「死因として多いと感じるのが、心臓や脳の病気での突然死です。過労死も含まれます。原因の一つは、彼らがご飯をちゃんと食べていないことでしょう。日本人の社長さんは決められたお給料を払っていると言いますが、技能実習生はみんな来日に当たって100万円以上の借金をしているので、生活をギリギリまで切りつめなければなりません。それで食費をたくさん削って、毎日モヤシだけを食べるとか、白米だけを食べるといったことがあるんです。それで体が弱っているのに、朝から晩まできつい仕事をする。これでは病気になるのは当たり前です」

技能実習生はただでさえ安い給料の中から借金の返済や実家への仕送りをしなければならない。それで空腹を満たそうとするので、安価な食材に頼ることになるのだ。

そう考えると、彼らの中には慢性的な栄養不良に陥っている者も一定数いるはずだ。免疫力が落ち、体力がなくなり、内臓機能が弱っている中で、重労働をつづけていれば、心筋梗塞や不整脈による突然死のリスクはおのずと高まる。

彼女はつづける。

「もう一つ多いと思うのが自殺です。日本で自殺するベトナム人はとても多い。そうしたことから、日本人から『ベトナム人はよく自殺するのでしょうか』と聞かれるのですが、まったくそんなことありません。

ベトナム人は仏教を固く信じて教えを守っているので、自殺するということはまずありません。でも、日本に来て難しい環境の中で暮らしているうちに、心が追いつめられていって、どうにもならなくなってしまうんです。信仰を失くしたわけではないのに、信仰より精神的な苦しみの方が大きくなってしまう。

私がかかわったケースでは、首を吊(つ)って亡くなる方が多かったです。木の枝にロープをつけて首吊りをしたり、アパートの天井に穴を開けて棒をかけてそこで首を吊ったりする。なんでベトナムに帰ることもできず、助けを求めることもできず、たった一人で言葉もろくにわからない日本で死ななければならないのでしょう。本当にかわいそうですよ」