食から見た現代(4) 「おかわり」と言えない高校生〈後編〉 文・石井光太(作家)

校舎の一階の奥にある食堂からは、午後5時を過ぎると胃袋をくすぐるような食事の匂いが漂ってくる。毎晩3名の調理師が広いキッチンに立ち、「完全自校式(校内ですべて調理する)」で給食を作っているのだ。

食堂は教室二つ分くらいの広さで、二人掛けの長方形のテーブルが横6列、縦に4列配置されている。メニューは一日一食限定で、大盛、中盛、小盛の3パターンある。生徒たちは食堂にやってきた順に一列に並び、各々(おのおの)好きな大きさのものを選び、テーブルに運んで食べる。

この日の給食メニューは、豚の生姜(しょうが)焼き、スパゲティ、じゃがいもとベーコンの炒め物、キャベツの千切り、お漬物、味噌(みそ)汁、白米だった。十代の子どもなら大喜びしそうな食事である。だが、前編の冒頭に述べたように生徒たちはみんなが同じ方向を見て、一言も口を利かずに黙々と咀嚼(そしゃく)している。まるで入学試験中のような静けさだ。

教員の佐藤元氏(64歳)は苦笑して言った。

「誰もしゃべらないでしょ。うちの生徒たちはみんなでしゃべりながら食事をするといったコミュニケーション能力がないわけではないけれど、誰かが音頭を取ってあげないとできないんです。だから、同じ方向を向いて黙って食べて、終わった順に教室へ帰っていく。昔、生徒に不良が多かった時代には、ワイワイ騒がしかったんですけどね」

クラスメイトと隣り合って座っていても何もしゃべろうとしない。それならわざわざ隣に座らなくてもいいのにと思うが、人付き合いが苦手な子たちには付かず離れずの距離感が心地良いのだろう。

佐藤氏はつづける。

「うちの生徒で給食を取っているのは約7割です。取らない生徒の理由は、ほとんどが経済的事情ですね。給食費は一食分が230円から250円で、月に5000円。それを払うことができない生徒は給食を食べられないんです。

生徒たちの経済事情は厳しいです。当たり前ですが定時制・通信制の生徒ほぼ全員が就学支援を受けていて、そこは全日制と大差はないかもしれませんが、私の体感的には貧困率は9割を超えています。例外的に、たとえば兄2人が私立大学に通っているなど、中流階層なのかなという子もいますが、逆に本人にお金が回ってきていないケースもあります。親がお金を持っていても、育児放棄みたいになっていることがあるんです。また、最初こそ親が給食費を払ってくれていても、滞納がつづいて途中で止めてしまう子もいれば、自分で払っていたのだけど、バイトをやめて払えなくなって給食をストップする子もいます」

日本の子どもの相対的貧困率は11・5%であり、ひとり親家庭では44・5%だ。それに比べれば、いかに定時制に通う生徒の貧困率が高いかがわかるだろう。ちなみに、佐藤氏が2年前に調べた数字ではこの学校の生徒の6割がひとり親家庭である。

このような生徒たちの家庭での食生活は一体どうなっているのだろう。佐藤氏が給食を取っている生徒たちにアンケートをとったことがある。質問内容は一日の食事の回数だ。その結果、給食を含めて1~2食と答えているのが37人中16人と約半数。しかし夏休みなど給食のない日には、10人がここからさらに「食事の回数が減る」と回答した。

逆に給食を取っていない比較的恵まれていない生徒たちはどうか。一日の食事の回数を1~2回と答えたのは15人中12人だった。つまり、ほとんどの生徒が一日二食以下ということだ。

忘れてはならないのは、これが人生でもっとも食欲が旺盛な16~19歳の子どもたちへのアンケートだということだ。私を含めて本稿の読者の中には、「高校生の時なんて間食も含めて一日五食くらい食べていた」という人も少なくないだろう。誤解を承知で言えば、遊びや部活を夢中で楽しむには、それくらいのエネルギーが必要なのだ。

定時制の生徒たちは一様におとなしくて消極的だが、佐藤氏によれば原因の一つに食生活の貧困があるのではないかということだ。栄養が足りていなければ、元気に振舞ったり、自分から何かをやったりする気力が減退する。少なくとも一部の生徒たちが慢性的にそうした状態に陥っている可能性はある。

さらに佐藤氏によれば、一日三食の生徒ですら、決して安心できる状況にあるわけではないという。彼はこのように述べる。

「生徒たちの食事の内容は、一般常識からすれば食事と呼べないものもあります。白米だけとか、菓子パンだけといったこともあれば、コンビニのから揚げをひたすら食べつづけているといったこともあります。いわゆる、栄養バランスが摂れた食事を三食食べているわけではない。そういう生徒たちにしてみれば、給食が唯一まともな栄養源ということも珍しくないのです」