【早稲田大学名誉教授・石田敏郎さん】交通事故を未然に防ぐ心の余裕

今年も「秋の全国交通安全運動」(9月21~30日)が展開される。令和4年中の交通事故発生件数は30万839件で、事故による死者数は2610人に上った(内閣府「令和5年版交通安全白書」)。事故で尊い人命が奪われない社会を実現するため、ドライバーや自転車の運転者、歩行者などが路上で心がけることは何か。長年、交通心理学を研究してきた石田敏郎・早稲田大学名誉教授に聞いた。

エラーを減らすには

――交通事故の原因を説明する上で、ヒューマンエラー(人為的ミス)に着目していますね

ヒューマンエラーとは、あらゆる分野で人間が犯す過誤を指します。交通だけでなく、医療や製造など他の分野で発生した事故とヒューマンエラーとの間にも、密接な関係があります。

人間は間違えやすい生き物ですから、自動車と自転車の運転者、歩行者などが常に行き交う路上でヒューマンエラーを防ぐのは容易ではありません。交通事故の責任が最も重いドライバーを例にエラーの種類や対処法について考えてみましょう。

心理学の世界では、ヒューマンエラーを「スリップ」「ミステイク」「ラプス」の三つに分類します。「スリップ」とはある行為が計画通りに実行できずに起きるエラーです。「うっかりミス」や「不注意」が該当し、習慣的な行動が意図しない場面で出現したり、今までの行為に次の行動が影響されたりして生じます。車のキーを車内に置いたままドアロックすることや、アクセルペダルとブレーキペダルを踏み間違うことも、このエラーです。

これに対し、「ミステイク」は、「スリップ」よりも前の段階の、ある行為を計画する過程で発生するエラーで、計画自体が不完全であるために起こります。「思い込み」がその代表例で、一般道が空(す)いていると思い込み、渋滞中の高速道路から降りたら、そちらの方が混んでいたというケースのほか、高速道路の逆走もこの例で、経験や知識の不足が背景にあります。

「ラプス」には、「記憶の欠落」や「物忘れ」があります。曲がるべき交差点は覚えていたものの、右折か左折かを忘れて目的地とは反対の方向へ走ってしまったというケースがこれに当たります。

――こうしたヒューマンエラーを減らすには?

エラーが起きる仕組みをもう少し明らかにします。人間の問題解決行動は「スキルベース」「ルールベース」「知識ベース」の三つに分かれます。「スキルベース」の行動は、食事で意識しなくても箸を使えるように、普段の行動の繰り返しで得る自動的な行為で、自動車の動きの基本であるハンドルやアクセルペダル、ブレーキペダルの各操作に当たります。この行動で起きるエラーが「スリップ」です。

そうした行動で処理できない問題、例えば制限速度や右左折時の注意点などのルールに従って解決するのが「ルールベース」の行動です。道路交通法と、それに沿った運転の習慣、経験に基づく個人的な考えもルールの一種です。さらに「知識ベース」の行動は、これまでの経験では解決できない問題を高度な思考レベルで解決するものです。これらの行動によるエラーは「ミステイク」です。

通常の運転操作では「スキルベース」の行動が大半を占めます。「ルールベース」の行動は繰り返し行うと「スキルベース」の行動に移行しますが、ルールを自己流に認識すると、後で修正が難しくなります。例えば、脇見運転をしたことがあるドライバーは多いかと思いますが、そのエラーの奥にはルールの認識不足が潜んでいます。だからこそ、道路交通法に基づいた正しいルールをきちんと理解して習慣化する必要があるのです。それによって「ルールベース」の行動によるエラーが減り、交通事故の減少につながります。

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