『望めど、欲せず――ビジネスパーソンの心得帖』(3) 文・小倉広(経営コンサルタント)
「NOと言ってもいい。ガマンしてもいい」
上司から仕事を無茶ぶりされる。横柄な言葉で傷つけられる。せっかくの提案を否定される。残念ながら、職場でもプライベートでもよくあることです。イラッときて当然と言えるでしょう。
こんな時、私たちには二通りの対応方法があります。
一つは、はっきりと「NO」を言うことです。そして、もう一つはガマンすることです。では、どちらの対応が良いのでしょうか。
私の考えはこうです。基本的には「NO」と伝える方がいいと思います。もちろん、言い方には気をつけなくてはなりません。
「否定するなんて、ひどい! あなたは、なんてひどい人なんだ!」
これでは完全に自己矛盾。否定するなと相手を否定する。攻撃するなと相手を攻撃する。相手と同じ間違いを自分も犯しているからです。これと同様に、「自分の意見を人に押しつけるな!」と相手に押しつける自己矛盾もよくしてしまう間違いです。
望ましい伝え方は「あなたは××だ」と、主語を「YOU」にする“YOUメッセージ”の強制をやめることです。「私は○○と思います」と主語を「I」にする。“Iメッセージ”を使うと強制の罠(わな)に陥らずに済むでしょう。先の例で言うならば、「『私は』傷つきました。別の言い方をしてもらえれば『私は』うれしいです」と、このように言い換えるのです。
もう一つの対応は、ガマンすることです。相手が顧客や上司である場合、または「NO」を言うことで、さらに状況が悪くなりそうな場合など、現実的にはガマンを選択する機会も多くあるでしょう。それはそれで悪くない。無理に「NO」を言う必要はありません。
しかし、気をつけなければならないことがあります。それは、ガマンするのも自己責任、ということです。つまり、ガマンする、言葉にしない、という選択を自ら選んだ以上、それを他者のせいにして自分を被害者のポジションに置いてはいけないのです。
よくありがちな対応は、心の中で相手を責めながらそれを言葉にせずに押し殺す。そして、心の中で相手を責め続けることです。時には相手をジロッと睨(にら)んだり、ふてくされた声色で相手に密(ひそ)かな抗議を伝えることもあるでしょう。これは良くないと私は思います。
「NO」を言えば、反撃されることもあるでしょう。相手との関係が悪くなるリスクもある。でもわかってもらえる可能性もある。ガマンすれば、波風は立ちません。しかし、自分の心は落ち着かず、相手との関係を絶ちたくなるかもしれません。どっちもどっちです。
「NO」を言うのも自己責任。ガマンするのも自己責任。どちらを選んでもいいのです。大切なのは、自分で決めて、自分で責任を取ることです。他者のせいにして自分だけ被害者になってはいけません。
神学者のラインホールド・ニーバーはこう言っています。
「神よ。我に、変えられるものを変える勇気と、変えられないものを受け容れる忍耐力と、両者の違いを見極める知恵を与えたまえ」と。心しておきたい言葉です。
プロフィル
おぐら・ひろし 小倉広事務所代表取締役。経営コンサルタント、アドラー派の心理カウンセラーであり、現在、一般社団法人「人間塾」塾長も務める。青山学院大学卒業後、リクルートに入社し、その後、ソースネクスト常務などを経て現職。コンサルタントとしての長年の経験を基に、「コンセンサスビルディング」の技術を確立した。また、悩み深きビジネスパーソンを支えるメッセージをさまざまなメディアを通じて発信し続けている。『33歳からのルール』(明日香出版社)、『アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)、『比べない生き方』(KKベストセラーズ)、『僕はこうして、苦しい働き方から抜け出した。 』(WAVEポケット・シリーズ)など著書多数。