特集◆相模原事件から1年――私たちに突き付けられたものは?(2) ムスリム・河田尚子氏
己の未熟さを知ることが、正しく生きる一歩
――宗教が果たしていく役割は?
今回の事件は、被告の「自分が考えていることは正しい」という思いの上での犯行でした。事件の起きた施設の職員であった被告は、障害者やその家族のことをよく理解していると思い込み、「正義」を実行したというわけです。この点が、宗教者、信仰者に突きつけられた問題だと強く感じています。
自由に考え、主張できる環境は民主主義にとって不可欠です。ただ同時に、人間は完全ではありませんから、個人で判断し、自らの主観に基づいて掲げる「正義」に完璧なものはなく、時に危険な思想が含まれ、他人に危害を加える場合さえあるということを私たちはしっかり認識しなければなりません。
宗教者は、そのことをもっと多くの人に伝えていくべきでしょう。そして、いかに人間が未熟で、不完全であるかを教え、日々の心と行為を見つめていく大切さを説いていかなければと思っています。
イスラームでは、本来、完全な正義はアッラーのもとにしかないと考えられています。人間は弱く、不完全であり、常に間違える可能性のある存在だと教えています。だからこそ、人間はいつも謙虚でなくてはならないのです。残念ながら、今のイスラーム世界にも、われこそは絶対的な正義と思って行動する人たちがいるのですが。
自分が行っていることは本当に神のおぼしめしに適(かな)っているかと、自身に絶えず問い掛けることは自らの人生をより良いものにするばかりか、人間関係を良好にしてくれるはずです。共生社会を築いていく上でも意味あることに違いありません。こうした精神性と習慣を取り戻していくことが、自由な社会だからこそ、大切ではないでしょうか。
プロフィル
かわだ・なおこ 1957年、東京都生まれ。関西学院大学文学部博士課程後期課程東洋史専攻卒業。97年4月にイスラームに入信した。イスラーム名はヤスミーン。関西で女性のためのイスラーム互助会「アル・アマーナ」を主宰。世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)日本委員会女性部会事務局長、片倉もとこ記念砂漠文化財団理事を歴任。著書に『日本人女性信徒が語るイスラーム案内』(つくばね舎)など。