日本国憲法施行70年 「平和主義」は有効なのか?(1) 長谷部・早稲田大学教授に聞く

日本を取り巻く国際情勢を冷静に分析すべき

――一昨年、それまで違憲とされてきた「集団的自衛権」を容認する、新たな安全保障法制が成立しましたが

2015年までは、日本が外国から攻撃を受けた場合にのみ、最小限度の武力行使によって反撃する、いわゆる「個別的自衛権」の行使は合憲で、「集団的自衛権」は違憲であると解釈されてきました。それまでの内閣法制局の解釈によるものです。この憲法の解釈は、諸外国から見ても、どういう場合に日本が武力を行使するのかが明確でした。

しかし、一昨年7月、現在の安倍政権は、これまで歴代の内閣が憲法上認められないとしてきた「集団的自衛権」の行使は違憲ではないとし、解釈を変更してしまいました。これについては、大半の憲法学者が異議を唱えました。また、それまでの歴代の政府は、集団的自衛権について「憲法9条のテキストを変えない限りは変えられません」としてきましたから、いわば、それは国民との約束だったはずです。その約束を簡単に破ってしまったのですから、民主主義からして大きな問題だと思います。

さらに、諸外国から見ると、これにより日本がどういう場合に、武力を行使するのかが分からなくなってしまいました。ある国が外国との間で戦闘状態になった場合に、その外国が日本と同盟を結んでいたために日本との間でも戦闘状態が生じる――武力衝突を招くリスクは、少なくとも理屈の上では高まったと思います。

――近隣諸国で軍拡が進んでおり、日本も防衛に備えるべきという意見があります

「日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増しています」と言って、最近マスコミの方からよく質問されますが、私は「本当ですか?」と聞き返しています。

オーストラリアにある経済平和研究所が毎年、世界の国を安全な順に順位付けした「グローバル・ピース・インデックス(世界平和度指数)」を発表しています。これは、国内の治安や安全はもちろん、国を取り巻く国際情勢や、テロが起こる蓋然(がいぜん)性などの項目を踏まえたランキングです。

昨年版では、上位にアイスランドやデンマーク、オーストリアといった国が並ぶ中、日本は9位でした。アメリカが103位で、中国は120位。一番危険な国がシリアで163位、その一つ上は南スーダンです。前年、日本は8位でした。日本は安全度の高い国であり、冷静に判断すれば、東アジアで大規模な武力紛争が起こる可能性は極めて低いと思われます。

今気になるのは北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)でしょうか。北朝鮮は、現在の政治体制を守るのが第一の目的です。脅威でないとは言えませんが、他国にミサイルを撃ち込んだらすぐに反撃されて体制の崩壊を迎えますから、自ら自分の首を絞めることはしないでしょう。

日本もさらに防衛力を高め、他国の脅威に備えるべきだという抑止力論が聞かれますが、これは大変くせものな概念ですね。その理由の一例を挙げます。

1941年、アメリカは太平洋艦隊を真珠湾に集めました。アメリカの軍事力の強大さを日本に見せつけることが、戦争の抑止になると考えたからです。しかし、実際にはご存じのように、「あそこさえ叩いておけば、当面は何とかなる」と日本軍に思わせ、開戦の引き金になったのです。抑止力になるだろうと思って軍備を拡張していくことは、逆に思わぬ事態を招くリスクもあります。抑止力の理論は諸刃の刃であると認識し、平和主義だからこそできる有効な対応を冷静に考えるべきだと思います。

――「テロの時代」と言われる中で、私たち市民にできることは?

テロは、同じ暴力でも国家間で起きる戦争ではありません。警察が取り締まるべき犯罪であり、軍事力ではなく、警察力による対応を考えるべきでしょう。

同時に、何よりテロリストを生み出す土壌をつくらないことが必要ではないでしょうか。少数者や特定の人への不当な差別、抑圧状況は、テロリストを生む温床になります。いろいろな立場の人を包容する社会、世界を築いていくことが重要です。

日本ではこれまで、国のプロジェクトだけでなく、一般の人たちや民間団体が国際貢献に力を注いできました。民間の人たちが国内外で、さまざまな人と信頼を醸成していくことが今の安全につながっているのではないでしょうか。

宗教界においても同じことが言えると思います。さまざまな違いを認め合い、全ての人が公平に共存できる環境を築くことに、宗教界全体でより一層力を尽くしていってほしいと思います。全ての人の権利が守られるよう、共により良い世界を築くために、お手伝いするのがわれわれ憲法学者の務めであると私は信じています。

プロフィル

はせべ・やすお 1956年、広島市生まれ。東京大学法学部卒業後、学習院大学法学部助教授、東京大学大学院法学政治学研究科教授を経て、現在、早稲田大学大学院法務研究科教授となる。専門は憲法学。総務省の情報通信審議会、衆議院議員選挙区画定審議会などの委員を歴任する。著書に、『憲法と平和を問いなおす』(ちくま新書)、『法とは何か』(河出書房新社)、『憲法の理性』(東京大学出版会)など、共著も多数。