『我汝を軽しめず』を拝読して 開祖さまの教えを学び

『庭野日敬平成法話集』の第2巻(全3巻)となる『我(われ)汝(なんじ)を軽(かろ)しめず』(立正佼成会教務部編)が6月に佼成出版社から発刊された。

同書は、「足りない自分だから」「法を道しるべに」「人に喜ばれる生き方を」の3章立てで構成。全40編の法話を収録する。この中で庭野日敬開祖は、自身の信仰体験や人生のエピソードなどを交えながら、法華経の教えを分かりやすく説明。自らの仏性を自覚し、多くの人の仏性を開かせる触れ合いに努める菩薩の生き方を示している。同書を読み、生活に生かしている4人の感想を紹介する。

相手の幸せ願い、明るく笑顔で

秩父教会婦人部員(39)

2月に父をがんで亡くしました。娘から見ても誠実で優しい父は、きっと長生きして安らかに天寿を全うすると思っていたのですが、病気が分かってからの4カ月間、治療はつらそうで、他界した後も、私は何もしてあげられなかったと後悔ばかりが募っていました。

心がふさいでいた時、『我汝を軽しめず』を勧められました。教会長さんのアドバイスもあり、第一章の「明るく生きる」編にある「自分が主人公となる生き方」の部分が強く心に残りました。

私は結婚後に佼成会の縁に触れたので、開祖さまの教えを直接聞いたことはありませんが、拝読し、語り掛けて頂いている気持ちになりました。

開祖さまは「願いごとばかりの生き方は、どちらかといえば受け身」であり、決意や誓いを持って生きるのが「自分が主人公となる生き方」と示されています。私はこれまで神仏にお願いすることはあっても、自ら決意し、その誓いに沿って生きることはなかなかできていなかったと思いました。この世は思い通りにならないものが多いと教えて頂いているのに、嘆いてばかりでいいのかと思い、父の私への期待や今の自分が置かれている環境を少しずつ振り返ることができたのです。

夫は仕事で疲れていても、私に寄り添い話を聞いてくれ、サンガ(教えの仲間)や義父母はいつも明るく、物事を前向きに受け取る姿を見せてくれます。〈このままじゃいけない。私も成長したい〉と、心を切り替えました。

33ページには「おだやかな気持ちでふれあえば、なごやかな出会いが生まれる」とあります。相手の幸せを願い、明るく笑顔で過ごしている私でありたい――父も応援してくれると思います。

サンガや友人と教えかみしめ

三島教会主任(70)

新型コロナウイルス感染拡大での活動自粛により、主任として毎日飛び回る生活が一変しました。わが家は舅(しゅうと)から孫までの8人の大家族です。この自粛中、働く嫁に代わって毎日の家事をさせて頂いていますが、家族に対していつも以上に優しい触れ合いを心がけてきました。

しかし、長い自粛生活に心が波立ち、時には、舅に対し意地悪な態度を取ってしまうこともありました。お役で人と接する中では見えなかった自分のそんな一面に落ち込んでいました。

ちょうどその頃、開祖さまの法話集『我汝を軽しめず』のご著書を手にしました。第一章を開いて読み進めるうちに、涙があふれました。私が抱いていた舅への気持ちを開祖さまが丸ごと受けとめてくださり、足りない自分を素直に受け入れて、ありのままで努力する大切さを諭してくださいました。

何度も読み返すうちに、自分の心に正直に、家族に対してもっと明るく接しようと心を切り替えることができました。開祖さまの言葉を独り占めしてはもったいないと思い、息子に頼み追加購入し、地区のサンガにもプレゼントさせて頂きました。

自粛中に手紙のやりとりを始めた未会員の友人にも、人生を悲観し暗く沈む彼女の心を励ましたいとの思いで勇気を出して本を送りました。後日、「これからは八正道の教えを大事に、前向きに生きていきたい」との感想をもらい、布教の喜びを感じています。

今も、家事の合間に拝読することが日課となっています。開祖さまから直接教えを伺っているようで、うれしく思います。これからもサンガや友人と教えをかみしめ、コロナ禍を乗り越えていきたいです。

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