豊かさを問い直す「原点回帰」の動きが各地で GNHシンポジウムから内山節氏の基調講演

人々の幸福度によって豊かさを捉える「GNH(国民総幸福)の理念」の普及を通して、より良い社会のあり方を考えようと、庭野平和財団が毎年実施してきた「GNHシンポジウム」。第10回の今年は、『日本社会の将来像――ローカリズムからの提案』をテーマに開催された。日本の社会で進む“静かなる変容”とは――。哲学者で、NPO法人「森づくりフォーラム」代表理事の内山節氏による基調講演の要旨を紹介する。

内山氏基調講演

経済的に困っているわけでも、不幸なわけでもない。友達もいる。しかし、幸福かと問われると、そうではない。そんな人たちが今の世の中にはとても多い気がしています。

現代社会はいわば、さまざまなシステムの集合体です。市場経済や国家、教育制度といった巨大なシステムに従属しながら人々は暮らしています。そうした中で、社会をつくりながら生きる人間本来のあり方が失われつつあるように思えるのです。

私が大学で教壇に立っていた頃、夏が近づくと学生の就職先が決まっていくのですが、昔と状況が随分変わってきました。以前は、大手企業にでも就職が決まれば、「これで自分の人生は大丈夫だ」という安堵(あんど)感や喜びが見られました。そういう学生がだんだん減り、皆が何となく沈んでいるように見える。特にこの10年は顕著で、就職が決まった途端に「いつ辞めるか」という話をしている。スキルを身につけるために一度は就職するけれど、どこかのタイミングで会社を辞め、自分が本当にやりたいことにシフトしようと考えているのです。

つまり、若者の間で、「システムの中で安泰な生活をすることが幸せ」という考えがなくなってきています。「システムに入っていれば安泰だという保障がなくなってきた」とも言えます。高度経済成長とともに膨張し続けたシステムに、ガタが来はじめているのです。

税金は増え、社会保障の質は下がっていく――。国も国民全部をそれなりに支えていく時代は終わりに差し掛かってきました。

(既存の)システムの終焉(しゅうえん)に伴い、幸せの意味を問い直し、自分たちの生きる世界を自らつくっていこうとする動きが日本各地で起こっています。彼らはコミュニティーや共同体をつくる、あるいは会社を辞めてソーシャルビジネスを手掛け、社会貢献に取り組むといった努力をしています。

ソーシャルビジネス

環境の保全や貧困の削減など、社会や地域の課題解決を目的とした収益事業のこと。主体となる事業体を「ソーシャルエンタープライズ」「ソーシャルベンチャー」、ソーシャルビジネスに挑戦する起業家を「社会起業家」という。

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