分裂と憎悪を乗り越えるために 比叡山宗教サミット30周年 祈りの集いの講演から

『分裂と憎悪をどうしたら乗り越えられるか』
明石康・元国際連合事務次長

1989年前後、米ソによる冷戦が終結に向かうと、国際社会にも明るい兆しが見え始めました。しかし、国家間の紛争が減少する一方で、今度は民族や宗教の違いを原因とした争いが、一つの国の中で多発するようになったのです。特にソマリア、ルワンダ、旧ユーゴスラビアでの国内紛争の激しさ、人的被害の規模は、当時の国際社会の対応能力を超えていました。

そして現在、3年以上にわたりイラクやシリアで暴れまわった、過激派組織IS(イスラーム国)などの勢力は衰えてきたものの、その影響がアジア地域に飛び火しないとは言い切れません。現代のテロリズムのような、より複雑化した新しい種類の暴力に対して、世界的な視点から行動をとることが求められています。

国際社会が平和を保つために最も重要な要素とは、世界中の国々が互いの文化や伝統を認め合い、相手に対して尊敬の念を持つことであると言えます。国籍が違っても、人間の基本的な権利は平等であり、生命の価値と尊厳に関して共通の態度をとるべきです。世界には多くの宗教が存在します。偉大な宗教は、文化の基盤を構成するものであり、互いの宗教を重んじることは、社会の平和と人々の共存を保障すると言えるでしょう。

ここ数年、私は日本政府代表としてスリランカの国内紛争の問題に取り組んできました。シンハラ、タミル、イスラーム系などの住民が共に平和に暮らすためには、宗教と宗教者の担う役割がいかに大きいか、認識を新たにしました。タミル人の多いジャフナ市で世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)主催の宗教と民族間の対話の場が設けられた際には、参加者の真摯(しんし)な姿勢に心を打たれたことを覚えています。対話に参加した人々は真剣な態度で、温かい交流をしているのですが、未知の人々に対して固定した見方、考えを持ってしまう側面があることも改めて分かりました。

一人ひとりの顔が異なるように和解の歴史も異なり、宗教の果たす役割にも、さまざまな形があるのは当然のことです。しかし、どのような状況であっても、人類は知恵と経験を持ち寄って解決策を見いだすしか道はありません。宗教者をはじめ思想家や運動家、NGO関係者らが協力し合い、政府や国連など専門機関の助力を得ながら、紛争などの問題解決に向けて歩むしかないと思います。

あまりにも多くの分裂、大きな憎悪が、この世界には存在しています。理性だけでなく、感性、さらに知恵と情熱をもって取り組まなければ、分裂と憎悪を助長させる、反グローバル主義や反民主的ポピュリズムに対抗することは難しいのです。胸襟を開いて他者と語り合う、対話の場を地道に広げていく努力が今、私たちに求められています。

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