マリウポリから教皇に、絶望のアピール――ウクライナ(海外通信・バチカン支局)
ロシア軍によって四方を包囲され、攻撃を受けているウクライナ南東部のマリウポリ。ウクライナ領ながら、ロシア人居住者の多いドンバスとクリミア半島を陸路で結び、黒海へ抜けるための要所だ。
ロシア国民の祝日である5月9日の「戦勝記念日」を前に、プーチン大統領はウクライナのゼレンスキー政権を「ナチス」と呼び、ウクライナへの侵攻を「ナチス掃討作戦」として正当化し、同日までにウクライナにおける「軍事特別作戦」(戦争)を完了すると発言していた。だが、同市の港湾部にある製鉄所「アゾフスターリ」には、今も外国人志願兵を含む約2500人の兵士で構成されるウクライナ軍の「アゾフ連隊」が立てこもり、外からの武器や食糧の供給も受けられない状況の中で、最後の絶望的な抵抗を続けている。
ロシア軍はアゾフ連隊に、武装解除して投降するよう繰り返し呼びかけているが、彼らは「これが私たちの生命の最後の時かもしれない」と言って、投降を拒否している。さらに、同製鉄所の地下壕(ごう)には、女性や子供、老人を含めた一般市民数百人が避難しているとみられている。国際社会からの呼びかけもあり、マリウポリでの激戦から一般市民を避難させるための「人道回廊」の設置が何度も試みられたが、失敗に終わっていた。
アゾフスターリ製鉄所で、「自身の生命の最後の時」を過ごすウクライナ海兵隊のセルフィー・ヴォリニャ少佐が4月18日、「私はカトリック信徒ではありませんが、正教徒であり、神を信じ、常に光が暗黒に勝つことを知っております」との確信を表明する、自身の遺書とも呼べる劇的な公開書簡を、教皇フランシスコ宛てに公表した。「50日以上にわたり、完全に包囲された状況の中で闘ってきたがため、あなたの世界へ向けてのアピールや、最近の発言について知ることはできませんでした」と書き出される公開書簡には、「私は戦士、私の祖国に忠誠を誓った将校ですので、最後まで戦い続けます」との決意が表明されている。
敵の圧倒的な兵力、非人道的な戦場の条件、絶え間なく続く砲撃やロケット砲の轟音(ごうおん)、水や食糧、薬品の欠如にもかかわらず、戦い続けていくことを誓うヴォリニャ少佐は、さらに、教皇に「あなたは、生涯を通して、多くのことを見てこられたと拝察いたしますが、マリウポリで発生しているような状況は、ご覧になったことがないと確信しております。地上に地獄が存在するなら、それは、マリウポリだからです」と陳情。毎日、発生している恐怖について述べることはできないと言いつつも、子供や幼児を連れた女性たちが、製鉄所の地下壕で飢餓や寒さと闘いながら生きていることを明らかにするとともに、ロシア軍の爆撃機を見上げながら生きる彼らの中には、水や食糧、薬品が欠如しているために、毎日死んでいく負傷者がいることが書かれている。
マリウポリで絶望に苦しむ一般市民の声を代弁するヴォリニャ少佐は、ローマ教皇に「祈ることだけでは十分でなくなった今、あなたに助けの手を差し伸べて頂きたく、筆を執りました」と告げている。「彼らを助けてやってください。(マリウポリのシンボルで、その地下壕から多数の一般市民の遺体が発見された」劇場への爆撃の後、誰もロシア人の占領者を信じません」と告発し、「世界に(マリウポリに関する)真実を伝え、一般市民を退避させ、彼らの生命を、全ての生き物を焼き尽くそうとする悪魔(ロシア軍)の手から救ってやってください」と嘆願している。
ウクライナを訪問した教皇庁人間開発省暫定長官のマイケル・チェルニー枢機卿は、ウクライナ人の新聞記者から託された教皇宛ての一通の書簡を携えてバチカンに帰ってきた。バチカンの公式ニュースサイトである「バチカンニュース」が4月19日に伝えたその書簡は、アゾフスターリ製鉄所の地下壕に立てこもっている兵士や民間人の母親、配偶者、子供たちからの嘆願書だった。彼らも、製鉄所に立てこもっている数百人の生命擁護のため、教皇の介入を願い出ているのだ。
(宮平宏・本紙バチカン支局長)