ウクライナ情勢の平和的解決を呼びかける宗教者たち(海外通信・バチカン支局)

ロシア軍によるウクライナ侵攻への懸念が高まっている。ロシア軍は2月10日にウクライナと国境を接するベラルーシで大規模な合同軍事演習を実施した。欧米諸国は、ロシアの軍事行動に備えて東欧地域で軍事力を増強する一方、外交による事態の打開を目指して動きを活発化させている。

緊迫するウクライナ情勢に対し、ローマ教皇フランシスコの和平を求めるアピールが続いている。教皇は2月13日、バチカン広場での正午の祈りの席上、情勢に対する深い憂慮を表明し、「和平に向けたあらゆる努力を、聖母の(神に対する)取り次ぎと、政治責任者たちの良心に託し、静かに祈ろう」と信徒たちに呼びかけた。

これに先立つ9日には、バチカンでの一般謁見(えっけん)の席上で、自身が提唱する「ウクライナ平和祈願の日」(1月26日)に祈りを捧げた世界の信徒に謝意を表明。「ノルマンディー・フォーマット」と呼ばれるドイツ、フランス、ロシア、ウクライナの4カ国による政府高官協議に言及し、「高まる緊張と戦争の脅威が真摯(しんし)な対話により克服され、その目的(平和)に向かって貢献できるよう平和の神に祈ろう。戦争は狂気だ」と強く訴えた。

正教会のコンスタンティノープル(現トルコ・イスタンブール)エキュメニカル総主教であるバルトロメオ一世は、ロシア正教会の管轄下にあったウクライナ正教会の独立を承認(2018年)したことで、ロシア正教会から厳しく非難されている。同総主教は2月13日、日曜礼拝の説教の中で、「平和を維持、保障するための解決策は、対話の道以外にない」と強調。対話は、「暴力、戦争に向けた条件を崩壊させられる」との考えを示し、全ての政治・軍事関係者に対して、紛争を起こさず、「ウクライナ国民が調和のうちに生活できるよう、対話と国際法の順守に努めるように」と呼びかけた。さらに、教皇の言葉を引用し、「『戦争は狂気だ』ということを、忘れてはならない」と述べた。

ポーランドのカトリック教会は14日、ロシア正教会の最高指導者であるキリル総主教を含む、ロシア、ウクライナ両国の正教会とカトリック教会の指導者たちに向けて公開書簡を発表した。この中で、「憎しみではなく、相互尊重と友愛を実践しよう。そのためには、自決権をも含む、諸国民の権利の尊重が不可欠だ」と明示。ロシアがウクライナに侵攻すれば、大量の難民がポーランドに避難してくることが予想されている。公開書簡を通じて、「私たちの地域で、『もう一つの戦争』という亡霊を阻止するため、ロシア、ウクライナ、ポーランドの諸教会信徒が霊的な力を合わせていこう」と呼びかけた。

一方、ロシア正教会から、ロシア・ウクライナ間の和平を求める声は発信されていない。その背景には、ロシア正教会とプーチン政権との関係という政治的な側面のほかに、ロシア正教会から独立し、ロシア正教会と対立するウクライナ正教会の問題が横たわっている。ウクライナの東方典礼カトリック教会(ギリシャ系)最高指導者であるスヴィアトスラフ・シェヴチュック首位大司教は8日、キエフで開催された報道関係者たちとのオンライン会見で、「ウクライナ国内では、カトリック教会だけでなく、正教会、また無神論者の間でも、教皇フランシスコが世界でも最も重要な道徳的権威だと認識している」と述べ、「教皇がウクライナを訪れるならば、国民は戦争を回避できると信じている」と話し、教皇に現在の緊張状態を打開する平和の使者として同国を訪問することを要請した。

ウクライナでは正教会の信徒が最も多く、カトリックがそれに続く。新たに駐ウクライナ教皇大使に任命されたアンドリー・ユーラシュ氏は14日、ロイター通信の電話インタビューに応え、シェヴチュック首位大司教に呼応するかのように「教皇のできるだけ早いウクライナ訪問」を願った。さらに、ウクライナのゼレンスキー大統領が、ロシア系住民が多く、反政府運動の盛んな東部ドンバス地域の紛争解決に向けて、バチカンの調停を希望していることを表明。ユーラシュ氏は、「ウクライナは、真に影響力がある霊的な場(バチカン)で会談を行うことを望んでいる。もし、ロシアが交渉のテーブルに着くことに合意すれば、ウクライナは喜んで応じる」とも述べた。

米国などは「冬季オリンピック開催中の2月16日にもロシアがウクライナへの侵攻を開始する」と懸念していたが、その日を前にロシアは一部の兵力をウクライナ国境から撤退させ始めたと発表。16日にはクリミア半島での軍事演習の終了を宣言した。また、ベラルーシでの合同軍事演習も終わり、ロシア軍が同国から撤退することが公表された。これに対し、北大西洋条約機構(NATO)側は、「事実確認が必要」との態度を表明している。
(宮平宏・本紙バチカン支局長)