今、生かされていることを奇跡と受けとめ 庭野会長 「釈迦牟尼仏ご命日」式典で法話
1月15日、立正佼成会の大聖堂(東京・杉並区)で「釈迦牟尼仏ご命日(布薩=ふさつ=の日)」式典が開催された。式典の模様は、インターネットを通じて全国の会員にライブ配信された。
式典では庭野光祥次代会長を導師に読経供養が行われた。続いて、佐々木章雄市川教会長が体験説法に立ち、自らの信仰の歩みを振り返った。
佐々木教会長は、「家族の縁が薄い因縁を切りたい」との思いで母親が信仰を深め、自身も学生時代に信仰に目覚めたことを披歴。学林本科生2年次の広島教会での布教実習で、幼い頃に親を亡くして苦労してきた父親の思いを初めて理解でき、それまで反発していたことを父親にわびて感謝の思いを伝えられた体験を発表した。
また、結婚後に妻の両親と同居する中で、夫婦げんかをすることがあったものの、義母のアドバイスで自らを省み、家族の調和に努めたことを述懐。多くの人に支えられて、にぎやかな生活を送れるようになれたことに感謝を表した。
最後に、新型コロナウイルス感染症が流行してからの市川教会の取り組みを紹介。対面や集っての活動が難しい中で、年回供養ができずに困っている会員のために、教会のご宝前で「合同年回供養」を行っているほか、会員同士の心をつなげる『法華三部経』読誦(どくじゅ)を各家庭で実施していることを報告し、さらなる精進を誓願した。
この後、庭野日鑛会長が登壇した。法話の中で庭野会長は、「朝(あした)に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」という論語の言葉を紹介。「天地人生を貫いている真理を体得できたら、死んでもよい」との意味合いを説明した上で、自らの人生を探求し、真剣に生きることが大切と示した。
庭野会長はまた、人間の体は宇宙にある元素でできており、しかも人間は心を持っていて、自己認識できる唯一の動物であると説示。人生の不変の真理とされる「人は必ず死ぬ」「自分の人生は自分しか生きられない」「人生は一回限り」「悠久の宇宙において自分という存在はたった一人」という4点を挙げながら、今、生かされていることを奇跡と受けとめて一日一日を真剣に過ごすことこそ人間の生き方と説いた。さらに、人間の心について、共に学びを深めていきたいと述べた。