終戦から76年 大聖堂で「戦争犠牲者慰霊・平和祈願の日」式典 (動画あり)

終戦から76年。大聖堂で行われた式典の映像が全国の会員に向けて配信された

終戦から76年を迎えた8月15日、立正佼成会の「戦争犠牲者慰霊・平和祈願の日」式典が大聖堂(東京・杉並区)で挙行された。同式典は今年から大聖堂のみで行われ、教会長を含めた全会員がインターネットを介して配信された式典の映像を自宅で視聴し、それぞれが戦争犠牲者に慰霊の誠を捧げて平和を祈念することになった。当日、法話に立った庭野日鑛会長は、「大いなる平和」「大いなる調和」を意味する「大和」が、かつて日本の国名であったことに触れ、そこに込められた平和の精神を正しく理解し、後世に伝えていくことが大切と述べた。

会員たちは自宅で祈り捧げ

式典では、戦争の悲惨さと平和の尊さをかみしめる映像の配信に続き、読経供養が厳修された。この中で、導師をつとめた庭野光祥次代会長が庭野会長の「回向文」を奏上し、焼香と献鶴を行った。

庭野会長の回向文を奏上する光祥次代会長

次いで、齋藤高市東京西支教区長(大田教会長)が体験説法に立った。齋藤支教区長は、庭野日敬開祖の著書『開祖随感10』(佼成出版社)にある「八月十五日の追善供養」の章に触れ、亡き人に喜んでもらうことが追善供養になるとの言葉をかみしめ、教団本部の要職を歴任した亡き父親の姿を紹介。自身がニューヨーク教会長を務めていた18年前に父親が心筋梗塞で倒れた時、父親が「高市にはお役があるから知らせるな」と母親に口止めしていたことを披歴した。その後にビザ(査証)の更新で一時帰国した際も、父親から「親の心配などせず、信者さんのために、一途(いちず)にその身を使わせて頂きなさい」と言葉をかけられた出来事を振り返り、これらの触れ合いを通して父親の深い慈悲を実感した思い出を発表した。

また、これまでテロや空襲、原爆投下を受けたニューヨーク、墨田、広島で教会長を務め、平和学習の受け入れや慰霊供養を行ってきたことを報告。広島教会では、被爆体験を語ることがなかった会員が平和の有り難さを伝えていこうと決意し、証言を始めたことを紹介し、そうした思いを大事にして日本の核兵器禁止条約の批准に向けて行動していきたいと誓った。

現在は大田教会で教会幹部と、対面での触れ合いができないコロナ禍の中でも、「布教は止めない」「一人ひとりの救い救われに寄り添おう」との思いを分かち合い、布教伝道に励んでいると語った。

この後、庭野会長が登壇。焼香と献鶴を行い、法話を述べた。庭野会長は、昭和20年8月15日に小学2年生だった当時を振り返った。また、玉音放送にある「萬世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス」との一節に触れ、「この一言で終戦を迎えたと言ってもいいくらい、とても大切な言葉であると思います。『人類永遠の平和の実現を図ろう』という意味合いであり、世界の全ての人たちが望む言葉でもありました」と述べた。

式典の様子(クリックして動画再生)

さらに、聖徳太子が制定した「十七条憲法」の第一条に示された「和を以(もっ)て貴(たっと)しと為(な)す」を挙げ、「大和」に込められた精神に言及。「大和(やまと)」とは、「大和(だいわ、大いなる平和・調和)」という意味であり、「日本の古今を通ずる本願が、大和という国名に込められていることを、お互いにしっかりと理解し、認識することが大切」と述べた。

また、産経新聞の「朝の詩(うた)」に掲載された『青い空』『地球への畏敬』と題する詩を紹介し、人間が壊した地球環境を元に戻すことができるのは人間であり、その回復への努力を促した。最後に、「此(この)一日の身命は尊ぶべき身命なり、貴ぶべき形骸なり。此行持(ぎょうじ)あらん身心自らも愛すべし。自らも敬うべし」という道元禅師の言葉を引用。一日の生命は尊ぶべき生命、尊ぶべき身体であり、修行精進している自分を自ら愛し、敬いなさいといった意味であると説明し、それができる人は、他者も愛し、敬うことができると説き、精進の大切さを示した。