教皇が示すメディア布教の現在と未来(バチカン記者室から)
バチカンは6年前から、関連マスメディアの改革を実行している。「広報のための部署」と呼ばれる新しい機関を設置し、日刊紙、ラジオ・テレビ局、公式ニュースサイト、出版社、バチカン記者室、印刷所などによる個別の広報活動を統合して経費の削減を図るものだ。
バチカンのマスメディアの中で、公式ニュースサイト「バチカンニュース」は43カ国語で発信され、毎月約2100万ページビュー(閲覧数)を持つ。また、「バチカン放送」(ラジオ)は41カ国語で放送されている。これら全メディアのジャーナリストは500人で、年間の総経費は4300万ユーロ(約55億9000万円)といわれる。新型コロナウイルスの感染拡大による経済危機下にあって、複数の枢機卿から改革が必要との声が上がっていた。同部署のパオロ・ルッフィーニ長官はこのほど、2015年から19年までに、ジャーナリストが640人から565人に減り、1660万ユーロ(約20億8000万円)の経費削減を実現したと公表した。
ローマ教皇フランシスコは5月24日、ローマ市内にある各メディアの入った本部ビルを訪問。バチカン放送がライブ中継したインタビューの中で、バチカンの広報関係者たちに謝意を表した後、「ラジオ放送や日刊紙に関して、さまざまな心配事があるが、私の心の中には、一つの重大な懸念がある」と言って、話を続けた。
教皇は「どれぐらいの人がバチカン放送を聴き、どれぐらいの人が『オッセルバトーレ・ロマーノ』(日刊紙)を読んでいるのか」と述べ、その問いかけの理由として「なぜなら、あなたたちの仕事が人々に物事を伝えることだからだ」と明示した。その上で、「この本部で行われている、偉大で、労力のいる仕事は、翻訳や電波などを通して人々に近づくこと」であり、「あなたたちが自らに問うべきは、どれだけの人に伝え得るかだ」と語りかけた。
さらに、「どんなに立派な組織、素晴らしい仕事であっても、メッセージを届けるべき人々に(情報が)行き渡らないことは危機である」とし、その状態は、「大山鳴動して鼠(ねずみ)一匹」(事前の騒ぎばかりが大きくて、実際の結果が小さいことの意)であると指摘。メディアの関係者たちに対し、先の自問自答を毎日繰り返すように促した上で、「何人にアクセスできるか、何人にキリストのメッセージを伝えることができるか」が、意識すべき最も重要なことであると示し、インタビューを結んだ。教皇を初めて本部に迎え、沸き立つジャーナリストたちに冷水を浴びせるようなスピーチだった。
教皇は、カトリック教会を「人々を癒やす(救う)野営病院」と呼び、教えを伝えて人々を救うために「外に出ていく教会」を主張してきた。これを踏まえ、バチカンのジャーナリストたちに、社会の隅々にまで伝わる内容の報道を心がけ、文字、音声、映像で伝えていくようにと呼びかけたのだ。
バチカンメディア関係者の意表を突いた、この教皇のスピーチを「他山の石」とするならば、日本の宗教報道はどうあるべきか――私たちは、自教団の宣伝や信徒にしか分からないような言葉や内容に終始することなく、人々が、さまざまな社会問題に対する宗教の回答を求めていることをしっかりと認識し、その要請に応えてメッセージを発信していかなければならない。全ての人々の苦しみや不安を共有し、福音や法華経のメッセージを市民に伝え、一般のメディアと同等の資格、権利と義務を獲得していくような宗教メディアの確立が急務であるはずだ。
(宮平宏・本紙バチカン支局長)