本会一食平和基金 令和2年度運営計画 国内外の事業に3億2827万円

一食平和基金運営委員会 熊野隆規新委員長 談話

「一食を捧げる運動」は、世界各地で起きている災害や紛争、貧困などで苦しむ人々に心を寄せ、自ら食事を抜いて、その食費分を祈りを込めて献金し、さまざまな支援活動を通して互いに生きる喜びをわかちあう運動です。この運動には、自己を磨く三つの姿が願いとして込められています。

第一は「同悲」。一食を抜くことで、満足に食事を得ることができない人々に思いを寄せ、自らも空腹の苦の一端を味わいます。世界には空腹に耐えている人が多くいることを意識することで世界のあり方に関心が高まり、自身の生活についても見つめていくようになります。「一食を捧げる運動」には、自らの悲心や一乗の心をも育み、心の色合いを優しくする種が秘められています。

第二は「祈り」です。苦境に陥っている人々の苦しみを感じれば、自(おの)ずと人々の平安と無事を祈る心が起こります。全ての人が同じ地球という一つの乗り物に乗っている兄弟姉妹であり、困難な状況にある人に対して自他の区別を超えた、我がこととしての祈りがそこに生まれます。「一食を捧げる運動」は、宮沢賢治の「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉、また仏教の三帰依文の「衆生と共に……」に表されている人道(菩薩道)に通じるものです。自他の隔てを取り去ることで、私たちの心をより広くしてくださるのです。

最後は「布施」です。一食を抜いた食費分を困難に直面している人たちに捧げ、受け取って頂きます。「無量義経」には「諸(もろもろ)の慳貪(けんどん)の者には布施の心を起(おこ)さしめ」とあり、布施の功徳を積ませて頂くことで、私たちの苦悩の元である貪欲(とんよく)を滅し、少欲知足の徳分を身につけることができます。喜捨の心が高まるのです。これらの三つの「一食の精神」は、法華経に示された生き方にかなう自利利他の行であり、「いつでも」「どこでも」「だれにでも」、そして「いつまでも」できる、仏教の実践行です。

「一食を捧げる運動」による浄財は、国内外で困難を抱えながら生きている人々に役立てられてきました。一食平和基金では現在、「貧困(飢餓)の解消」「教育・人材育成」の2分野に重点を置いて取り組みを進めています。さらに、紛争や対立、格差などにより分断が深刻化する世の中にあって、さまざまな組織、グループ、人々と対話を通してつながり、平和に向けた協働に努めています。各地で、生きる希望を育み、より良い人生を歩む道をつくり、支え合う力となっています。

苦しんでいる人たちに手を差し伸べることは、私たち人間の本然であり、人間として生を享(う)けた意味を見いだすことにつながります。この運動の喜びを多くの人に伝え、慈悲喜捨の心を足元からセカイに広めてまいりましょう。