誓願を胸に「御親教」式典 『尋常』――常に大事なものを尋ねて

「御親教」に立った庭野会長は、「即是道場」について触れ、「仏さまも、今、私たちがいるこの世界で悟りを開かれ、ご法を説き、お亡くなりになったと『道場観』(『経典』=青経巻=の冒頭)にあるように、私たちが生きる娑婆世界は、生まれてから死ぬまでずっと道場であり、修行の時間」と述べた。

また、今年の書き初めで揮毫した『燈明』『尋常』について紹介。「尋常」とは「常に大事なものを尋ねること」と、その意味を説明した上で、「人間として徳を具える、良い習慣を身につける、基礎的なことを学ぶ。そうしたことがとても大事なこと」と強調。戦前には、初等教育機関の小学校は「尋常小学校」と呼ばれていたことに言及し、人間として大切な、基本的な学びの上に高等教育があり、また、基礎がしっかりしてこそ立派な建物もできると述べ、重ねて「尋常」の大切さを示した。

さらに、「年頭にあたり、何か一つのことに絞って具体的に決意し、実践していきたい」と、新年の抱負を述べた。

なお、大聖堂正面玄関前では参拝者に七草粥(ななくさがゆ)が振る舞われた。

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