宗教と宗教学の公共性を討議 庭野平和財団が公開シンポジウム

庭野平和財団による公開シンポジウム「現代社会における宗教と宗教学の公共性」(協力・「宗教と宗教学のあいだ」研究会)が3月17日、東京・千代田区の上智大学で行われた。宗教関係者や研究者ら約30人が参加した。

この公開シンポジウムは2015年、同財団の国際研究助成プロジェクトの成果として発刊された『宗教と宗教学のあいだ――新しい共同体への展望』(上智大学出版)の内容をさらに深める目的で行われている。3回目となる今回は、「公共性」を取り上げ、宗教者による公共的実践と、その中にある宗教性に着目し、社会における「宗教」の新たな位置づけについて討議した。当日は、関西大学の宮本要太郎教授、天理大学おやさと研究所の金子昭教授、一般社団法人・倫理研究所倫理文化研究センターの平良直専門研究員がそれぞれ講演した。

関西大学の宮本要太郎教授

この中で宮本氏は、日本では古来、「カミやホトケ」、自然、死者の「声」を重視して宗教が形成されてきた歴史を踏まえ、日本人の宗教倫理の原点に言及。災いや苦しみをもたらす存在としてのカミが、“祀(まつ)られる”ことで苦しみから解放され、同時に人間に救いを与えるとして、「共に苦しむことを前提としたカミと人との相互性が見いだせる」と日本人の信仰観を説明した。さらに、こうした宗教性は、他者とのつながりに価値を置く「ケアの倫理」に基づいているとの考えを表した。

また、公共の概念については、欧米の「パブリック」は個人主義を前提としている一方、日本における「公」は、転じて朝廷や国を意味することから、時に同調圧力を強めたり、異質な考えを排除したりする方向に向かうとの見方を示した。

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