内藤麻里子の文芸観察(57)

赤神諒さんの『佐渡絢爛(さどけんらん)』(徳間書店)は、佐渡金銀山を舞台にした時代ミステリーだ。相次ぐ怪事件の謎と、衰退する鉱山の立て直しという二本柱に、秘剣、恋模様、秘めた志、この地で盛んな能や名物の麩(ふ)など、さまざまな要素をこれでもかと詰め込み、登場人物たちもケレン味たっぷり。思い切り楽しませてくれる。

時は元禄、産出量が減る一方の佐渡金銀山はその命運が危ぶまれていた。その鉱山で落盤事故が起き、36人の男たちが死んだ。しかし場所は廃坑。何のために彼らがそこにいたか分からない。現場には大癋見(おおべしみ)という鬼神の能面が転がっていた。佐渡では以前から、この能面をつけた侍が殺しや盗みなどを働いていた。さらに神社で磔(はりつけ)にされた斬死体が見つかり、これも能面侍「大癋見」のしわざだった。こうした騒ぎの最中に、新任奉行、荻原彦次郎重秀が赴任してきて、見習い振矩師(=ふりがねし、鉱山測量技師)の静野与右衛門は奉行所の広間役、間瀬吉大夫の助手として探索を命じられる。事件はこればかりでなく、与右衛門が心を寄せる幼なじみの娘の父は行方不明になっているし、3年前には千両箱盗難が起きるなど、大小とりまぜ不穏な空気が流れている。

与右衛門は事件の真相解明を手伝いながら、振矩師として、低迷する金銀採掘に活路を見いだす大工事の実現を目指す。何度献策してもはね返されるが、案を練り続ける。妙案にたどり着くのか、ハラハラして見守ることになる。本書は、ここに恋も絡んだ20歳の与右衛門の成長物語でもある。

周囲を取り巻く人々が多彩だ。新任奉行、重秀は後に勘定奉行として辣腕(らつわん)を振るったことで知られるが、天領・佐渡で改革を断行する狷介(けんかい)な能吏。吉大夫はある種の自由人であり、軽やかにもつれた糸を解いていく。この二人の配置に妙味がある。与右衛門の父は元武士だが、今や鉱山で働くしがない人夫。振矩師の師匠は、測量だけでなく広く鉱山全般、奉行所の仕事まで熟知している。それぞれに経てきた道があり、深い味わいを醸し出す。そして彼らの思惑と過去が明らかになった時、驚くべき真相が白日のもとにさらされる。

ところで史実の荻原重秀はともかく、最初は奇矯と思われた本書の重秀が徐々に好ましくなっていくのが面白かった。佐渡で起きたことが後にこの人物の政策のヒントになっているという展開や、後日譚(ごじつたん)も割と長々あって、サービス精神あふれるエンターテインメントであった。

プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。

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