内藤麻里子の文芸観察(40)

新しい年の初回に紹介するのは、冲方丁(うぶかた・とう)さんの『骨灰(こっぱい)』(角川書店)である。ホラー小説なので、新年早々に何をと思われる方もあろうが、私たちが畏れるべきなにものか、触れてはならない存在を鮮烈に描き出している。人間の分をもって暮らすという慎みについて、思わず考えをめぐらせてしまった。

舞台は2015年、大規模再開発が進む渋谷駅の工事現場。主人公は事業を手掛けるシマオカ・グループの本社IR(インベスター・リレーションズ)部危機管理チームに所属する松永光弘だ。しばらく前から、「東棟地下」という区画について「施工ミス」「いるだけで病気になる」などと、現場写真付きでツイートされるようになっていた。画像の場所の特定と、状況確認をするために光弘が現場を訪れたことで物語の幕が開く。ちなみにIRとは、投資家に向けての広報を指す。

調査中に光弘は壁に「鎭」の字と、隠された階段を見つける。階段は深く、地下にあるまじき乾燥した空気に覆われ、骨が灰になるまで焼くような臭気もする。たどった先にあったのは神棚と、大きな穴。その穴には一人の男がいた。男を助け出したものの、気づいたら姿を消していた。そこは「骨灰」の祟(たた)りを祓(はら)い、鎮める祭祀場(さいしじょう)だった。「個人の怨(うら)みが無数に蓄積されたもの」だという骨灰、祭祀場の管理を代々担う会社、人柱、不意に絡んでくる今は亡き父の記憶――。攻撃的なツイートをした人物と、いなくなった男を捜索する光弘の身に、骨灰の恐怖が迫る。

冒頭から物語への吸引力がすごい。異常な地下に足を踏み入れて、パニックになりかけながら進む主人公から目が離せなくなる。やがて、仕事ができる会社員だったはずの光弘が、変調をきたしていく過程はあまりにも滑らか。路上生活者の中に男を探すうちに、祟りを防ごうとして高額な金銭を迫られ、自身も路頭に迷う予感におびえる描写は迫力がある。このおびえと祟りがないまぜになった恐怖と焦燥(しょうそう)で、読む側も冷静でいられなくなる。混乱が極まった時、潮目が変わってぱたぱたと整理されていく様は爽快だ。

とはいえ、祟りは不条理なもの。すっきり終息するわけではない。はっきりとは書かれていないが、父の因縁もしのばせて底冷えがする。何よりも土地には災害や戦争の記憶もあって、畏怖すべきものは多い。そんなことをかみしめた作品だった。

プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。

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