内藤麻里子の文芸観察(39)

テレビドラマ化された「半沢直樹」シリーズや『下町ロケット』などで知られる人気作家の池井戸潤さんが、新作『ハヤブサ消防団』(集英社)で取り上げた題材は、タイトルから分かる通り田舎の消防団だ。企業を舞台にすることが多かった作家が地方を描き、しかも連続放火事件を絡めて、ガッツリとしたエンターテインメント作品を送り出した。

売れないミステリ作家の三馬(みま)太郎は、中部地方U県S郡の八百万(やおろず)町はハヤブサ地区に移住してきた。山村の魅力に引かれ、亡き父の実家に移り住んだのだ。とはいえ、両親は小学生の時に離婚し、太郎は母に引き取られたため当地に大したゆかりはない。団体行動が苦手なのだが田舎暮らしゆえ、自治会に入り、消防団に誘われる。そういえば東日本大震災の時、地元の消防団の人々が何かと被災者のために働いていた姿が印象に残っている。高齢者の多い地方では、消防団の若手がいなければ生活が成り立たないのだと気づいた記憶がある。

消防署はあってもハヤブサ地区は遠隔地にあるため、消火活動は地元の消防団が頼りだ。山で人が行方不明になれば捜索に加わるし、災害が起きれば現地に急行したりもする。そんな消防団に、「楽しいよ」と引っ張り込まれた。そう、この言葉通り、楽しいんである。消防団の面々はキャラクターが立っているし、たまり場となる飲み屋もある。消防活動の他に祭りもあれば、消防操法大会なんかもある。準備や練習の負担は大きいが、徐々に太郎の生活の一部になっていく。

ここに田舎の人間関係や作法の習得、ハヤブサ地区の振興案も浮上し、編集者も訪ねてくる。そこそこ忙しい田舎暮らしだ。一方で連続放火事件が起き、新興宗教団体が絡む疑惑へと発展する。誰が敵か味方か不信感が増大する中、太郎は事件に立ち向かう。

移住してから約1年間の濃厚な消防団活動と、田舎の機微をコミカルに、しかし勘所を外さない筆致でつづる。事件は複雑さを増し、大きな因縁にまつわる話へと発展する。太郎が小説誌に連載する作品が『地獄門』というのだが、このタイトルから私は横溝正史の『獄門島』を連想し、横溝ばりの因縁話にわくわくした。こうした日々を過ごすうちに、売れないミステリ作家だった太郎の腕も上がっていく。

大きな物語の枠組みから、細部に至るまでこれぞエンターテインメントという書きっぷり。楽しめますよ。

プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。

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