内藤麻里子の文芸観察(33)

映画の特殊効果に対する愛と、ものを作ることへのリスペクトと、女性が仕事で生きていくことへの共感がぎゅっと詰まっている。深緑野分(ふかみどり・のわき)さんの『スタッフロール』(文藝春秋)はそんな小説だ。舞台はニューヨーク、ロサンゼルスとロンドン、主人公はアメリカ人とイギリス人の女性2人。この設定にもかかわらず、一気に物語世界に引き込まれた。

本作は2部構成。最初の「Part of Matilda」は1946年生まれのアメリカ人、マチルダ・セジウィックが主人公だ。長じてから、映画やテレビに登場する怪物やクリーチャーを作る特殊造形師に弟子入りした。しかし、時代はCG(コンピュータ・グラフィックス)の波が押し寄せる。それにあらがいながらマチルダは、ある映画用に1体のクリーチャー“X”を生み出すのだが――。

第2部「Part of Vivienne」は時が移り、2017年のロンドンで幕が開く。ヴィヴィアン・メリルはCGクリエイターだ。1本の映画のリメイクが決まり、クリーチャー部分の仕事が持ち込まれる。マチルダやその周辺の人々との奇(く)しき因縁が始まる。

マチルダは2歳の時に見せられた犬の影絵に衝撃を受け、幼い頃から映画の特殊効果に魅せられる。『ふしぎの国のアリス』などの映画が次々と登場する一方で、映画界にレッドパージが吹き荒れ、大好きだったおじさんがいなくなる。導入部から特殊効果の魅力と、当時の映画界の情勢を踏まえたミステリアスな展開を絡めて、独特な雰囲気を醸し出す。続いてマチルダが没頭する特殊造形や、第2部のCGの制作過程も詳述していく。とても凝った内容だが、それらをつづる筆は端的にして誠実。安心してこの世界に浸れる。

クリーチャーは作れても、無から有を生み出す才能はないと見極め、しかもCGに侵食されるマチルダの苦悩。映画賞の候補となったものの、落選して傷つくヴィヴィアンの混乱。ものを作る尊さと苦しみを丁寧にすくい取りながら、その時々の映画界を巧みに描き出す。その上で、「スタッフロール」というタイトルに込めた、女性が仕事をする矜持(きょうじ)という軸が物語を貫く。マチルダの時代にはかなわなかったことが、ヴィヴィアンによって実現する終幕は感動を呼ぶ。

いろいろな要素をここまで凝縮しているのに、豊かな特殊効果の世界と、そこで生きる姿を泰然と見せる筆は見事だ。ちなみに、日本のCG界の問題点に、さらりと言及する箇所もある。米英のすごさに触れた後では世知辛すぎる。「ジャパニメーション」などと誇っている場合ではない。

プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。

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