三句の法門から学ぶ 自分を磨き、幸せになるための心がけ 精神科医・名越康文氏

仏教の生命観には、輪廻(りんね)転生の思想があり、私たちのいのちは何度も生まれ変わります。繰り返しいのちを生きる中で、今世ではここまで、来世ではここまで、その次は……と、少しずつ仏に近づいていく修行が続きます。私たちは何万回、何億回生まれ変わるか分かりません。ですから、とにかく一歩でも、ほんのわずかでも仏に近づこうという意思を固めた時点で、第一段階はクリアになります。

次は「大悲」。慈悲心のことで、人の悲しみやつらさを分かり、共感することです。人からものすごく腹の立つようなことを言われた時、「いい加減にしてくれよ!」と感じることはありませんか? この時、相手には相手の立場があり、自分に対してそうせざるを得なかったと考えられるかどうかが分かれ目になります。こうした態度が、相手の立場を理解すること、ひいては相手の苦しみを理解することにつながるのだと、私は考えています。相手に共感する心、さらに言うなら、相手に共感しようと思えるかどうかが大切です。

第三に挙げられるのは「方便」です。これはとても難しいですね。「うそも方便」という言葉がありますが、一言で言えば、相手の状況に合わせて援助できる、ということだと思います。例えば、姑との関係を問題に抱えるお嫁さんが、姑を憎んでいたとします。お嫁さんに「あんた、そんな心はあかん、仏のような心になりなさい」と言っても、「何言うてんねん」と思われるだけでしょう。その時に、「あんた、ひどい仕打ちを受けたんやなぁ。姑さんはあんたの心をちっとも分かってくれへんねんなぁ」と、しばらくお嫁さんの話に耳を傾けます。すると、「気が楽になったわ、ほんならもう、今日はこれで寝よ」といった具合で、お嫁さんの気が晴れることだってあります。

【次ページ:生涯、「方便」を学び続ける】